現代では、「お金を稼げる人が偉い」という価値観も根強いですよね。でも、その価値観も絶対ではありません。あくまでこれは、近現代の資本主義社会の中だけで通用する価値観です。
たとえば江戸時代の日本だと、公家や武士が偉いとされていました。でもよく考えると、彼らは全然、お金は稼げません。
じゃあ誰が稼いでいたのかというと、三井家や住友家といった商人です。彼らはまったく偉くはありませんでした。商人の中では偉かったかもしれませんが、公家や武士とは比較にならなかったのです。
またキリスト教的な考え方が支配していた中世ヨーロッパでは、個人の偉さは信仰心の篤さで決まりました。ですから、やっぱりお金を稼ぐ能力なんてリスペクトの対象にはなっていませんでした。
もちろん、お金で買えるものもたくさんありますから、お金もそれなりに大切です。しかし信仰心とは比べものになりません。
さまざまな経緯を経て生まれた資本主義社会では、お金を稼ぐことが重要な意味を持っています。そのせいで現代では、稼ぐ能力がものすごい価値だと思われているけれど、落ち着いてよく考えると、お金で買えないものは無数にありますよね。
親が、自分の子供を殺した時代――「命の価値」を歴史から考える
聞くだけで楽しく歴史が学べる人気Podcast番組「コテンラジオ」。番組パーソナリティ・深井龍之介が初めて書籍化した著書『世界史を俯瞰して、思い込みから自分を解放する 歴史思考』(ダイヤモンド社)から#1に続いて「命の価値」の項を一部抜粋・再構成してお届けする。
「稼ぐ人が偉い」のも最近の価値観
織田信長の「弟殺し」も特別な話ではなかった
僕たちを強く拘束している「当たり前」に、「命は大切なもの」というものがあります。これは同性愛への忌避よりも強い価値観でしょう。性的少数者の権利についてはいろいろなことを言う人がいますが、命の大切さを疑う人はいないでしょう。
僕たちは生物ですから、本能的に死を恐れます。でも命に関する価値観でさえ、時代や文化によって大きく変わってきたことを忘れてはいけません。
たとえば同じ日本でも、戦国時代は命の価値が非常に低い時代でした。殺し合いは日常茶飯事。相続争いで弟の織田信勝を殺した織田信長のように、兄弟で殺し合うことも珍しくはありませんでした。それは特殊な武士の世界だけの話では? と思われそうですが、命の価値が低かったのは、戦国時代の武士階級だけではありません。
農民たちは、「口減らし」として生まれたばかりの子供を殺すことがありました。食料が十分にないから、子供を殺すことで家族の人数を調整していたのです。地域によっては口減らしは近代まで行われていたようで、ある村では、昭和に入っても3、4人目以降の子供を殺していたという記録があります。
親が、自分の子供を殺す—。
今の価値観では、もっとも許されない行為です。生活苦が背景にあるとはいえ、少し前まではそれさえ許容されていたんです。
命の価値もとても低かった
なぜ、それほどまでに価値観が違ったのでしょうか。
それは、環境が違ったからです。
日本に限らず、過去の社会では「人が死ぬ」ことは珍しいことではありませんでした。戦乱の時代なら殺し合いがしばしば発生していましたし、医療は未発達で食料は不十分でしたから、乳幼児や子供の死亡率は非常に高かったと推測されています。
命の価値が低かったのは、死と隣り合わせの環境だったことと密接に関係しているのではないでしょうか。
もし命を重んじていたら、武士は勝ち上がれなかったでしょうし、農民は家族が増えすぎて、飢え死のリスクに直面していたでしょう。僕たちの価値観は、環境によって強く規定されています。ということは、環境が変われば価値観も変わるわけです。
それは、「絶対的な価値観が存在しない」ということでもあります。
僕たちが、目の前にある価値観を唯一絶対の「当たり前」と捉えてしまうのは、その価値観が形成された過程を知らず、それ以外の価値観を知らないからです。
歴史を学ぶと、人々の価値観や「当たり前」がどう変わってきたのかを発見することができます。すると、特定の価値観に距離を置けるようになります。それが、僕が言う今の自分を取り巻く状況を一歩引いて客観的に見る「メタ認知」です。
僕たちの「当たり前」は、社会に規定されているものなのです。
「倫理観」と「価値観」は分けて考えよう
念のため補足しますが、僕は、命ほど大切なものはないと思っていますし、子供を傷つけるなんて論外だと考えています。
ただ同時に、その価値観が社会に規定されたものであることも忘れてはいけないということを、僕は伝えたいんです。ある価値観が存在する事実を「認める」ことと、その価値観を「絶対的な善と考える」ことは、区別しないといけません。
悩みや苦しみは特定の価値観から生まれていますから、価値観や「当たり前」に絶対はないことを知ると、悩みから解放されて楽になるはず。それが、僕が『歴史思考』を書いた狙いです。
一方で、価値観に絶対がないということは、あなたが否定したい価値観も認めなければいけないということでもあります。それはつらいですよね。社会にとって危険だと考える人もいるでしょう。それに特定の価値観は人にモチベーションをもたらすことだってあります。
このジレンマをどう解決すべきでしょうか? その答えを探して、本書で僕と一緒に歴史を見ていきましょう。
#1 なぜ男性間セックスは特殊で否定的なイメージになったのか?
『世界史を俯瞰して、思い込みから自分を解放する 歴史思考』(ダイヤモンド社)
深井龍之介

2022年3月30日
1650円(税込)
単行本(ソフトカバー) 208ページ
978-4-478-11227-4
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