――山口県周南市の限界集落で発生した連続殺人放火事件を追った事件ルポ『つけびの村』で、ノンフィクション界に衝撃を与えた高橋ユキさんが、2年半ぶりの新作『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』(小学館新書)を上梓した。なんとも物騒なタイトルだが、その中身は犯罪を助長するものではない。
「『犯罪を助長』って、だから、その言い方ですよ(苦笑)。本を出したり、取材をするのに、そういう注釈というか、建前みたいなものって本当に必要なのでしょうか?」

昭和の脱獄王、ニセ自転車全国一周、尾道水道泳破…『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』著者に訊く
自転車全国一周に扮した富田林署逃走犯、尾道水道を泳いで渡った松山刑務所逃走犯、『ゴールデンカムイ』登場キャラのモデルとなった昭和の脱獄王……彼らはなぜ逃げたのか? なぜ逃げられたのか? そんな逃走犯たちの真実を描いた最新刊『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』(小学館)の作者・高橋ユキさんに著書について訊いた。
テレビが伝えなかった逃走犯の真実

柔らかい口ぶりだが、目は笑っていないので、たじろいでしまう
「何が正しいとか、何が悪いとか。そういう細かい線引きを考えるより先に、自分の知りたい気持ちを優先しました。うだうだ考えてばかりだと、時間ばかり過ぎてしまって、いつの間にか本も出せなくなってしまうかもしれない。それぐらい、ノンフィクションをめぐる状況は危機的だと感じています」
――高橋さんが第1作『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(霞っ子クラブのメンバー、3名との共著)を出版したのは、2006年だった。誰に頼まれたわけでもなく、つれづれに記していた裁判傍聴ブログが人気を得て、しだいに専業のライターとして活動するようになったのだという。現在のメディアでは主流になりつつあるウェブ発の書き手の先駆者のような存在だ。
「意外性やギャップのあるコンテンツが好きなので、傍聴集団の名称をアイドルグループのようにしたのですが、当時はメディアに素直に受け止められてしまい、本気でアイドル狙いの痛い女子のように報じられてしまいました。ブロガー上がりのライターとして出版業界ではバカにされたり、嫌なこともたくさん言われて結構苦労はしたと思いますし、今もその途中です。実際に、当時はライターとしての経験もなかったので……」
逃走犯たちとの交流で感じたこと
――その後、週刊誌記者として数年間勤め、ふたたび独立。この間も、取材者・書き手としての個性的な立ち位置は変わらなかった。前作『つけびの村』は新興プラットフォームのnoteで発表した課金記事から火が点き、書籍化が決まった。
「もともとは、とあるノンフィクションのコンペに応募するために書いたのですが、賞の選考ではあえなく落選でした。それで、どうしようかと。せめて取材費の一部でも回収できればと思って、課金ができるプラットフォームを探しました。結果的にnoteを選んで、最初の2回を無料、続きを有料にしたところ、多くの方の目に留まり、晶文社から書籍化の話がきたという経緯です」
――これによってnoteの名は飛躍的に高まったが、運営母体であるピースオブケイク(現note株式会社)が課金プラットフォームの本丸として考えていたケイクスは記事の炎上を繰り返してつい先日、サービスの終了にいたった。そして今、高橋さん自身はnoteよりも、ニュースレター配信サービスのthe Letterの方に力を入れているように見える。
「定期的に配信するのはかなり大変ですが、どういった内容をどれくらい配信すれば読んでくれる人が満足してくれるかを考えながら毎日手探りでやっています」
――今度の新書『逃げるが勝ち』も、刊行までの道筋は独特だ。
「スタートは週刊誌の企画だったので、書籍化を考えていたわけではないんです。『週刊ポスト』の編集さんと打ち合わせしていたときに、日本中を騒がせた逃走犯の手記が取れたら面白いよねと盛り上がって始まりました」
――2018年、大阪府・富田林署の面会室から、アクリル板を外して脱走した山本輝行(仮名)は、日本一周を目指すサイクリストに偽装して、全国の優しい人々をだまくらかしつつ逃げ回った。あるいは、塀のない刑務所として知られる松山刑務所(大井造船作業場)の寮の窓から飛び出した野宮信一(仮名)は、離島に点在する空き家を利用して、延べ1万5000人もの警察官を手玉にとった。ともに、誰もが知る逃走犯だ。
「山本は面会時には、かわいい後輩キャラみたいな腰の低い印象だったのですが、文通になるとオラオラというか、取材者泣かせでしたね。いろいろ要求を出してきて。ホリエモンに連絡をとってほしい、とか。
野宮については、個人的には、人間的な反省の気持ちがあるように感じました。あの事件をきっかけに大井造船作業場のシステムが変わったので、彼の逃走には意味があったようにも見えますが、ソフト面だけでなく、開放的処遇施設の意義を損ねかねないハード面での変更までおこなわれてしまったので、やや複雑な気持ちです」
地元住民の逃走犯への本音
――高橋さんは、ふたたび獄中に戻った彼らと文通をおこない――本書に書かれた、その駆け引きがまたスリリングなのである――最終的に、手記を得ることに成功する。その週刊誌の記事を読んで、連載を提案したのが、スマートニュース傘下の超大型プロジェクトとして動き出していた調査報道サイトSlow News(現在、ピボット中)だった。Slow Newsから取材費のサポートを得た高橋さんは、山本や野宮が逃げ回った土地だけでなく、日本最強の脱獄囚と名高い白鳥由栄が収監されていた網走監獄まで足を延ばし、地元の人々の証言を集めることにした。
「現場に出て皆さんの話を聞き回るのは、緊張するし怖いですが、同時に楽しいという気持ちもあります。当時、現場で報道をしていたテレビ各局は、野宮が潜伏していた向島の様子を『姿の見えない凶悪犯に怯える純朴な住民たち』みたいな感じで、報道していました。だから、まさか野宮が〝人気者〟になっちゃってるなんて想像もつかないじゃないですか」
――本書には予想を裏切る「地元住民たちの言葉」が次々に登場し、めくるめくエピソードで読者を翻弄し続ける。
「信一くん、そんなん隠れとってもしゃあないから、出てきたらご飯でも食べさせてあげるのに、って皆で話してました。もう実は誰か、おばあちゃんとかがご飯食べさせてるんじゃないん、って」
潜伏する〝凶悪犯〟に怯えているはずの離島の住民たちは、いったいどうして、そんな世間話をしていたのか。
<不思議なことに、話を聞かせてもらった住民は皆、野宮のことを「野宮くん」「信一くん」と呼び、親しみを隠さないのである>
読者の没入感は、困惑までありのままに綴る高橋さんの筆致によって、さらに加速していく。
#2へづつく
取材・文/山田傘
逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白
高橋ユキ

2022年6月1日
946円(税込)
新書 216ページ
978-4-09-825425-5
「どうりで捕まらないわけだ」(道尾秀介)
自転車全国一周に扮した富田林署逃走犯、尾道水道を泳いで渡った松山刑務所逃走犯、『ゴールデンカムイ』のモデルとなった昭和の脱獄王……彼らはなぜ逃げたのか。なぜ逃げられたのか。
異色のベストセラー『つけびの村』著者は、彼らの手記や現場取材をもとに、意外な事実に辿り着く。たとえば、松山刑務所からの逃走犯について、地域の人たちは今でもこう話すのだ。
〈不思議なことに、話を聞かせてもらった住民は皆、野宮信一(仮名)のことを「野宮くん」「信一くん」と呼び、親しみを隠さないのである。
「野宮くんのこと聞きに来たの? 野宮くん、って島の人は皆こう言うね。あの人は悪い人じゃないよ。元気にしとるんかしら」
「信一くん、そんなん隠れとってもしゃあないから、出てきたらご飯でも食べさせてあげるのに、って皆で話してました。もう実は誰か、おばあちゃんとかがご飯食べさせてるんじゃないん、って」〉(本文より)
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