発達障害外来を受診する患者に多い高学歴…「妻から頼まれたことを覚えられない」全国規模の食品会社で管理職にある男性の苦悩
精神科を受診する発達障害の成人の多くは、一般の社会人であるケースが多く、社会的に重要なポジションにいる当事者も少なくない。成人期の発達障害において、生活上や仕事上どのような問題が生じやすいのか具体例を紹介する。『職場の発達障害』 (PHP新書) より、一部抜粋・再構成してお届けする。
『職場の発達障害』#1
受診に訪れる高IQ・高学歴者の多さ
外来を受診する成人期の発達障害には様々な人がいるが、うつ病など従来の精神疾患のために通院している人たちとは、異なる点が多い。外来の様子が一変したと言っても、言い過ぎではない。
何よりもまず彼らは「普通」の人たちで、「一般」の社会人であるということである。
受診する大部分の人はフルタイムかそれに近い仕事をしていることが多い。休職したり職がない状態であったとしても、仕事への意欲は十分に持っているケースがほとんどである。
それどころか、世間の人たちが羨望する職業の人も多い。うつ病や不安障害においても重要な役職についている人は少なくないが、自身の疾患のために、活動を制限された状態になっていることが多い。
発達障害においては、有名大学や大学院卒という人は珍しくないし、メガバンクなど一部上場企業の会社員の他、医師や弁護士といった専門職の人もよくみかける。
彼らの多くはASDやADHDの特性を持ちながらも、ベースにある高い能力で学校や仕事を乗り切ってきた人たちであるが、発達障害の特性が成功のきっかけになったというケースもみられている。こうした例は、アート関係の仕事や起業家に多い。
これまで多くの精神疾患において、うつ病に関しても、統合失調症に関しても、大部分のケースでは、病前のレベルに回復することが精一杯なことが多く、むしろ次第に能力や社会適応が低下していくことが一般的であった。
これに対して、発達障害においては、治療によって目覚ましい回復を示し、かえって能力が上昇することもまれではない。
もちろん、経過が良好なケースばかりではない。
発達障害の人は他の精神疾患が併存しやすく、なかなか安定化しないこともみられる。また対人関係のミスを繰り返すことで職場での適応が悪くなり、転職を繰り返した結果、引きこもりに近い状態になる例も存在している。

年齢・世代、性別――男性が多く、高学歴の20〜30代が中心
実際に外来を受診した患者さんの年齢、性別などについてはどうであろうか。
昭和大学附属烏山病院では、ADHD専門外来と発達障害専門外来という2つの専門外来を備えている。
ADHD専門外来は主としてADHDの当事者が、発達障害専門外来にはASDが中心であるが、ADHDなどの疾患を持つ人も受診している。
われわれは、昭和大学附属烏山病院のADHD専門外来を受診したADHD患者について調査を行った。
2015年1月から2016年12月の2年間において、ADHD専門外来の初診患者は335例、性別では男性179例、女性156例であった。平均年齢は32.0歳、年代別では20代が45.7%、30代が32.2%と大部分を占めていた。
また学歴に関しては、大学入学以上が83.3%であった。
また、2008年4月から2017年3月までの発達障害専門外来を受診したASD患者についても同様の調査を行った。この結果、ASD群は937例で、平均年齢は29.2歳、男女比は男性757例、女性178例で、修学年数は平均14.8年であった。
このように専門外来を受診する患者は、ADHDにおいても、ASDにおいても、性別では男性が多く、高学歴の20〜30代が中心となっている。
食品会社の管理職のケース
まず、大企業の管理職をしているADHDのケースを紹介したい。
茂木正司さんは高学歴の会社員で、全国規模の食品会社の管理職をしている。彼が発達障害の専門外来を受診したのは、妻の強いすすめがきっかけだった。妻は、茂木さんはアスペルガー症候群に違いないと主張していた。
茂木さんは小学校時代から「できる」生徒で、成績は常にトップクラスだった。
だがその割にはケアレスミスが多く、教師からは「早とちりすぎる」、親からは「そそっかしくて落ち着きがない」と指摘されていた。友達は普通にいたが、どちらかというと一人でいることが好きだった。また忘れ物が多く、片付けも苦手だった。
公立の中学を経て、進学校だった県立高校に入学した。自由な校風でのびのびと過ごせたが、成績はトップクラスというわけにはいかず、中の上あたりを行き来していた。

一年浪人した後、茂木さんは都内の難関私立大学に入学した。多くの大学生のように勉強はあまりせずに、サークル活動とアルバイトに明け暮れたが、授業の単位はしっかり取って無事に卒業した。
就職したのは大手の食品会社で、当初は営業担当だった。外回りは苦にはならなかったが、顧客との約束を忘れることが多かったため、自分で注意してしっかりメモをとるように習慣づけた。
また、同時並行で複数の仕事の案件が生じると、混乱して手につかない傾向がみられている。さらに人の話をしっかり聞かずに、言いたいことを一方的に言う傾向があったため、上司からは「厳しいことを言いすぎる」とたしなめられた。
早合点して、つい相手の話にかぶせて発言してしまう特性は現在も続いている。
営業を10年経験してから本社勤務となり、人事や管理部門に配属された。採用やコンプライアンスの担当をしていたが、自分では十分仕事をこなせて周囲からも評価されていたと思っている。
妻から頼まれたことを覚えていない
その一方、家庭においては、妻と衝突することがしばしばだった。
妻によれば結婚した当初から家事や育児にほとんど協力せず、子供が病気のときもすべて妻任せだった。また最近では記憶力の低下がみられ、妻から頼まれたことをきちんと覚えていないことがよくみられるという。
本人は、妻の話がまとまらないことが多いので、集中して聞くことができずについ聞き流してしまうと釈明した。妻の話はすぐ30分以上になるので、とても全部は聞いていられない、また妻との会話で覚えていない部分があると繰り返し何度も叱責される、というのだった。
茂木さんの場合、元来は優秀な能力を持っているが、同時にADHDによる一定の不注意症状と衝動性があり、これらが仕事のパフォーマンスを幾分低くしていた可能性があった。それでも能力が高かったため、会社の業務は標準以上にこなせていたと思われる。
一方で家庭においては、茂木さんのよくない特徴がはっきりと出てしまっていた。
家庭をないがしろにするのは、日本の男性にありがちな現象だが、茂木さんの場合には、ADHDの特性も加わって家庭で妻の話にほとんど耳を貸さなかった。
妻の話を聞いてはいても、その内容は素通りし定着することがなかったのである。数十年にもわたってこういう状態が続いたため、妻の不満が高じて受診につながったのであった。

茂木さんは小児期から現在に至るまで対人関係はほぼ良好であり、妻が主張するアスペルガー症候群という診断は否定的であった。
一方で、不注意と衝動性は継続してみられ、ADHDの診断にあてはまっていた。
茂木さんに対して、ADHDの特性を説明するとともに、妻の話を誠意を持って傾聴し、思いつきで中途で反論したりコメントしたりしないように提案した。
茂木さんは彼なりの努力はしたようであったが、妻にとっては満足のいくものではなかったようで、夫婦間の問題はその後も完全には解決していない。
実は、このようなパターンの夫婦の問題は少なからずみられている。
長年ないがしろに扱われた妻が「反乱」を起こし、発達障害を名目に夫を精神科に受診させるというものである。
夫に発達障害の診断のつくこともつかないこともあるが、夫婦の関係が安定するにはかなりの時間が必要であることが多い。
男性側には自らの不注意を自覚するとともに、パートナーに配慮する気持ちを持つことが重要となる。
文/岩波 明 写真/shutterstock
『職場の発達障害』 (PHP新書)
岩波 明 (著)

2023/9/26
¥1,034
232ページ
978-4569855929
「外来を受診する成人期の発達障害には、うつ病など従来の精神疾患で通院する人とは異なる点が多い。何よりもまず彼らは普通の人たちで、一般の社会人だということである。
受診する大部分の人はフルタイムか、それに近い仕事をしていることが多い。休職したり職がない状態であったとしても、仕事への意欲は十分に持っているケースがほとんどである」(岩波氏)。
近年、「ギフテッド」(平均をはるかに超える知的能力を持つ人)が称揚されるなかで、天才とADHD(注意欠如多動性障害)、ASD(自閉症スペクトラム障害)を結びつける傾向が強い。だが一方で上記のように、精神科を受診する発達障害の成人の多くは、働く社会人である。
彼ら、彼女らは幼いころから積み重なった「周囲となじめない」負の記憶や、職場で浮いてしまうという悩み、問題行動による解雇などに苦しみ、自らの人生を何とかしたいと考えている。
はたして、発達障害の特性にマッチした職場環境は得られるのか。薬物療法には効果があるのか。就労支援の制度や社会復帰のトレーニングをどう活用すればよいのか。
「発達障害の人は働けない」という誤解を正し、本人・周囲にとって最適な就労への道を専門医が示す。
第1章 止まらない仕事のミスと対人関係の問題
第2章 ADHDをめぐる誤解――職場でどう接するか
第3章 ASD(自閉症スペクトラム障害)をめぐって
第4章 仕事とNeurodiversity
第5章 ADHDは治せる
第6章 ASDを治す
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