「“デザインベビー”を量産」ゲノムテクノロジーの進歩がもたらす本当は怖い未来…遺伝子操作で生まれ持っての才能の有利不利をなくすことは本当に幸せなのか?
遺伝子を操るゲノムテクノロジーは、食糧問題はもちろんのこと、疾病治療への応用などに期待がかかる技術だ。しかしこのテクノロジーが、ドーピングなどが叶えてきた“人の能力の拡張”を手に入れたがる「欲望」に応えることで、子孫の遺伝子改変に歯止めが利かなくなる可能性があるという。予想される最悪のシナリオとはどんなものか。『人類滅亡2つのシナリオ AIと遺伝子操作が悪用された未来』 (朝日新書)より、一部抜粋・再構成してお届けする。
『人類滅亡2つのシナリオ』#2
ゲノムテクノロジーを活用した「遺伝子ドーピング」に注目が集まっている
今後、ゲノム編集技術が発展すれば、病気の治療だけではなく、人の「能力」の拡張も可能になる。
能力を引き上げたいという願望を持つことは、人の性と言ってもいいだろう。知能や認知、運動神経など、他人よりも優れた能力を持ちたいという願望を持つことは自然である。
努力の原動力もまた、〝憧れる状態になりたい〞という願望に基づくものだろう。ゲノム編集によって、そうした願望を簡単に叶えられるようになれば、人間はこの技術を正しく制御できなくなる可能性がある。
こうした能力の拡張願望は、これまでも多方面で顕在化してきた。スポーツ界におけるドーピングは、その象徴的な例だろう。

近年はドーピングを行う国々が、ゲノムテクノロジーを活用した「遺伝子ドーピング」に注目を寄せている。
遺伝子ドーピングとは、ゲノムテクノロジーによって人体の遺伝子を直接編集することにより遺伝子の発現を調節し、運動能力を高めるものである。
検出が難しい上、これまでのドーピングと比較しても高い効果を発揮するようになるかもしれない。たとえば、筋肉疾患の遺伝子治療を悪用すれば、現役アスリートの筋肉の増強も可能となる。
体細胞の遺伝子を直接操作することによって、編集された遺伝子の発現や抑制は長期にわたり続くことになる。フェア・スポーツの観点もさることながら、副作用や人体への影響も未知数なため、選手の身体もリスクを抱え続けることになる。
ゲノム編集を応用した「能力の拡張」は、今後、スポーツ界だけにとどまらなくなる恐れがある。
AIの台頭で、「能力の拡張願望」が増幅する
身体的特徴や能力をゲノム編集により操作・拡張する技術を手にした人間は、この技術をどのように扱うかが問われるようになるだろう。
特に2030年代以降はAIの台頭により、人間の存在意義が危ぶまれることになる。そこで人類はAIに対して優位性を保とうと、潜在的に持っていた拡張願望を増幅させることが考えられる。
こうした願望を叶える上で、筋肉を増強する遺伝子ドーピングと共に大いに利用される可能性があるのが、人工材料を生体へ適用する「バイオマテリアル」の技術である。
この技術は診断や治療にとどまらず、人工臓器や再生医療などにおいても実用化が進められている。
2030年代後半には、五感のようなヒトの感覚について、喪失した場合には補い、さらには超人的レベルを達成するように補強するバイオミメティクス材料が実現するという予測もある。

こうした技術が発展すれば、将来的に、人類は自己の能力の拡張に応用する可能性がある。
たとえば、自分の両腕に加えた複数の腕を同時に動かしたり、腕力を増強して巨大な物を軽々と持ち上げられるようになったり、遥か遠方にあるものを見たり聞いたりできる超視力や超聴力のように、今では信じがたい能力を未来の人類が身につけていることも想定される。
「iPS細胞」の応用による臓器、組織の作製・再生技術もまた、こうした願望を叶える上で重要な役割を果たすことになるだろう。
将来的には、人工的な臓器を作製し、失われた組織や臓器を再生させることが当たり前になり、さらに元来の臓器より強化される可能性もある。
こうした拡張の願望は、自らだけでなく「子」へも向けられる恐れがある。人々がゲノム編集技術を利用し、デザイナーベビーを量産するようになるとしたら、ついに神の領域を侵食することになる。
2018年には世界初のゲノム編集ベビーが誕生…
人類がCRISPRという遺伝子編集技術を手にしたことで、遺伝子編集された人間を誕生させることが理論的に可能となった。
しかし、技術的、理論上可能であるからといって、現実化して良いか否かはまた別の問題である。実際、ほとんどの国において遺伝子工学で編集した胚の妊娠は非合法扱い、もしくは禁止されている。
ところが、2018年11月、中国の南方科技大学のゲノム編集研究者・賀建奎によって、世界初のゲノム編集ベビーが誕生した。
エイズの原因となるウイルスであるHIVが細胞に侵入する際に利用する細胞側のタンパク質の遺伝子を、CRISPR-Cas9系ゲノム編集ツールを利用して無効化し、それらの胚を母体に着床させ、HIVに感染しにくい元気な双子の女児を誕生させた。双子女児のDNAの塩基配列解析からゲノム編集を行い、標的遺伝子のみ変更されたという。

遺伝学技術を使って人をHIVから守る、より安全で効果的な他の方法が存在する中、あえて胚の遺伝子編集を行っている。そして、そもそも子どもがHIVに感染する危険はないため、HIV陽性の父親を持つ家族を対象にしたことへの必然性も見いだせない。こうした理由などから批判が集中した。
このゲノム編集ベビー誕生の試みについては、南方科技大学も認識しておらず、中国の衛生部(現 国家衛生健康委員会)や科学技術部が2003年に公表した法的規制にも抵触する。
結果的に賀建奎は不法な医療行為を行ったと判断され、罰金と懲役3年の実刑判決を受けたが、2022年春には出所している。
生殖細胞の遺伝子を改変すれば、編集された細胞とされていない細胞の両方を持つ新生児が誕生し、望ましくない突然変異などのリスクが伴う。
さらに、世代を超えて受け継がれ、遺伝子プール全体に影響を与え、予想もしない影響を招く可能性もある。治療目的のみならず、親が望む容姿や能力を持つ「デザイナーベビー」の誕生につながる恐れもある。
「技術を活かして自分の人生を設計していく力を持つべきである」と科学者は主張するが
世界初のゲノム編集ベビー誕生は、人類が自らの遺伝子を初めて操作してしまったことを意味する。
肉体的に操作され、個性や外観を変えられた「デザイナーベビー」を誕生させるための遺伝子編集は止めるべきであるという考え方は、概ねの合意事項である。
一方で、疾病の予防や治療に目的を限った子どもの遺伝子編集の合法化に賛成する声や、遺伝子編集自体に対して支持する人も多い。
前出の賀建奎も、疾病の遺伝子を矯正することによって、人類は環境の急速な変化の中でもより良い生活が送れると考え、現代の生命倫理分野を牽引するオックスフォード大学のジュリアン・サバレスキュ教授も、全ての人間が遺伝的に適切な人生のスタートを切り、技術を活かして自分の人生を設計していく力を持つべきであることを主張している。
つまり、生まれ持っての才能の有利不利をなくし、運任せにせずに自分自身を変えることを肯定している。

人類は、〝神の領域〞を侵食し始めた
人類史上初めて手にした〝人間による人間の遺伝子編集技術〞により、恵まれた遺伝子だけを選別して持つことや、思い通りの子どもを作ることが可能になった。
ガイドラインや法制度があろうとも、デザイナーベビーを肯定する思想や目的、そして技術力が存在する以上、その拘束力はどれくらい有効であり続けられるのだろうか。
病気を克服したいという医療的視点もあれば、特定の組織や国に大きな利益をもたらそうと色気を持つ者もいる。それらが入り乱れ、様々な思惑がこの技術の使い途を探る。
科学の可能性と一体化する野心は、倫理観、国際的なガイドラインや法制度よりも自利を優先させる原動力となる。この原動力は、国際的な協調や倫理を乱し、それがいきすぎた先に起こる悲劇を、人類は何度となく繰り返してきた。
現代人は過去の悲劇の反省のもと、過ちを繰り返さないよう慎重な議論を重ねている。
しかし、技術の進化の流れは著しく速いため、議論を重ねているうちに状況はあっという間に変化し、次のフェイズへと進んでいく。議論は常にそれを追いかけることになり、世界を守り切るための結論を出す猶予は与えられない。誰かしらの私利私欲は、常にその隙を狙っている。
生殖、生命の根源を操作する技術を手にした人類は、〝神の領域〞を侵食し始めた。最初は恐る恐るでも、次第に大胆になっていくだろう。その先に、人類にはどのような運命が待ち受けているのだろうか。
文/小川和也
『人類滅亡2つのシナリオ AIと遺伝子操作が悪用された未来』 (朝日新書)
小川 和也

2023/9/13
¥891
240ページ
978-4022952325
■本書で示す「人類と科学の末路」は、まるでSF。だが、想定しうる未来である
画期的なテクノロジーほど、暗転したときのリスクは大きい。特にAIとゲノム編集技術は強力で、取り扱いを誤れば、人類に破滅をもたらす因子となりうる。
“超知能AI”による支配
デザイナーベビーの量産…
「制度設計の不備」を放置し、「科学への欲望」が増幅した先に、どんな未来が待っているのか。未来を予測するフューチャリスト・小川和也氏が、テクノロジーの「想定しうる最悪な末路」と回避策を示す。
■本書の構成
第1章:AIによる滅亡シナリオ
――人工知能が支配の主となる日
第2章:ゲノム編集による滅亡シナリオ
――遺伝子改変の進んだポストヒューマンが、ホモ・サピエンスを淘汰する
第3章:科学と影のメカニズム
第4章:“終末”を避けるために何ができるか
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