なにかあったとき、自分で自分の機嫌や状態をコントロールできるというのは、実は生きていく上でとても重要なスキルじゃないかと思う。

 わたしのスイッチは、読書だ。嫌なことがあったとき、落ち込んだとき、前を向きたくないとき、とりあえず、二時間本を読む。完全に没頭できる状況を作って、大好きな本の中に埋もれる。二時間後、頁の間から顔を上げれば、あんなに大きく見えた問題は、かさかさに干からびて、片手でぺしゃんと潰せるくらいに縮んでいる。

 例えば。ルーシャス・シェパード『竜のグリオールに絵を描いた男』なんてどうだろう。ここに出てくる竜は大きい。凄まじく大きい。草木に覆われ、その体からは川が流れ出し、村を作って人が住み着いている。山のように大きいけれど、動かないことも山の如し。だけど、グリオールの存在は人を惑わせる。翻弄され、滅ぼされていく人たちは、果たしてグリオールに操られているのか、それともそれが本性なのか。

 あまりに圧倒的なグリオールの存在感の前では、現実の問題なんて、せいぜいヤモリだ。

【ネガティブ読書案内】第2回:壮大な何かに打ちのめされたい時(案内人:池澤春菜さん)_1
『竜のグリオールに絵を描いた男』ルーシャス・シェパード/著 内田昌之/訳(竹書房文庫)
【ネガティブ読書案内】第2回:壮大な何かに打ちのめされたい時(案内人:池澤春菜さん)_2
『啓示空間』アレステア・レナルズ/著 中原尚哉/訳(ハヤカワ文庫SF)

 徹底的に叩きのめされたいときは、アレステア・レナルズ『啓示空間』三部作。何がすごいってまず物理的にすごい。文庫なのに、それぞれ驚異の1039頁、1216頁、そして1135頁。通称お弁当箱(噂によると、高齢化するSFファンを鍛えるために、あえて分刊にしなかったとか。持っているだけで筋トレになる本!!)。もちろん物語の規模もすごい。99万年前に滅んだ謎多きアマランティン族の謎を追う宇宙考古学者の主人公。鍵を握る中性子星、巨大ラムシップ、機械と人間が融合してしまう奇病、主人公を追う暗殺者。地球外知性との戦争あり、政治闘争あり、ロマンスはもちろん、サイバーパンクかつ壮大なスペースオペラ。ガジェット満載、キャラ立ちばっちり。一気読み必至、むしろ読んでも読んでもまだある幸福感。

 読み終えたときの「やってやったぜ感」たるや。同じくくりのフルマラソンSFとしては、劉慈欣 『三体』(三部作、全5冊)、ダン・シモンズ『ハイペリオン』シリーズ(四部作)、日本で言うなら小川一水『天冥の標』(全10作、17冊)なんかもある。

 想像力の彼方までぶっ飛ばされ、息つく間もなく頁の間を引きずり回され、手に汗握り、生きるか死ぬかどころかあらゆる生命の行く末にやきもきし、時間と空間の果てを見る。

 忙しい。どう考えても、落ち込んでいる暇なんてないのだ。

 本を読もう。ままならない人生をたまにはお休みして。大きな大きなものに触れ、その向こうで生きる人に思いを馳せる。きっと読み終わったとき、あなたはもう少し強くなっている。

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