「ひきこもりが社会に出てくる時は大抵、もめます」不登校、就活の失敗、リストラ、母親の介護疲れで4度ひきこもりを繰り返した男性が、それでも「最終的にものを言うのは“人とのつながり”」といえるワケ
高校生の時に不登校になった高梨正志さん(仮名=39)さん。就活にも失敗し、1年以上ひきこもった後、ゲームセンターで働き始めた。しかし発達障害特有の特性が原因となり、ようやく仕事にも慣れた矢先にリストラ、またひきこもることに…そんな男性がひきこもりから脱することができたきっかけとはいったい何だったのか。(前後編の後編)
ルポ〈ひきこもりからの脱出〉#2
ひきこもりから脱するきっかけ
リストラされた当時、高梨さんは30歳。家にひきこもったまま、数か月、1年と、あっという間に時間だけが流れる。
だが、前回ひきこもった時とは大きな違いがあった。時間が経つにつれ、「このままではいけない」という気持ちが湧いてきたのだという。
「ひきこもるのは3回目ですからね。さすがに、ここで何かしないとダメになるなと思ったのが、自分で動くきっかけだった気がしますね。不登校のときは何だかんだ言って学生という身分があるから、まだ少しは気持ちが楽でしたが、何にもなくなるとね……」
インターネットでひきこもりの記事を探して読んでいると、東京で開催されているひきこもり向けのイベント「庵-IORIー」(現在は終了)が紹介されていた。行ってみたいと思ったが、そのときは家を出ることもできなかった。次に開催されるのは2カ月後だ。
イベント当日。記事を読んでからすでに4カ月が経っている。さすがにあと2カ月は待てないと自分を奮い立たせて、どうにか家を出た。
「駅に入れなかったら、帰ろう」
「改札を通れなかったら、帰ろう」
「電車に乗れなかったら、帰ろう」
小さなハードルをクリアして、一歩ずつ進んだ。最後のハードルは会場に入ることだ。

「どこから来られたのですか?」
会場の入り口で見知らぬ人が話しかけてくれ、おかげで「とても入りやすかった」と高梨さんは振り返る。
「ひきこもりの人は入りづらいという事情を知っていて、支援者が入り口で待っていてくれるんです。僕の地元には当事者向けのイベントや居場所がないので、東京から帰った後、ひきこもりの子を持つ親の会に行ってみたんですが、入りづらくてマゴマゴしていたら、70代くらいの女性が僕の手をつかんで、『あんた、何やってるの? こんなところにいないで来なさいよ』と引っ張ってくれて、何とか入れました。でも、その時は行くのが精いっぱいで、何を話したか、あんまり覚えていませんが」
「庵―IORI―」は、ひきこもり当事者、経験者、支援者など毎回100人前後が集まる大規模なイベントで、多い時は160人もの参加者がいた。「仕事」「家族」などテーブルごとに話すテーマが決められており、好きなテーブルを選んで参加する。
高梨さんは何回か通ううちに、議論を仕切るファシリテーターとして、テーブルの1つを任されるようになった。
「100人もいると、1人ぐらいは話せる人がいるんですね。僕は支援者の1人と仲よくなって、何とかそっち側に行きたくて、テーブルを盛り上げようと努力したり、調べ物をしたり。そこから、自分も変わってきたと思います。大抵の当事者はお客さんとして来るだけなので、なかなか続かないんですよ」
昔の上司の誘いで、仕事に復帰
かつての職場(ゲームセンター)の上司から電話があったのは、高梨さんの意識が変わり始めたころだ。その上司は高梨さんがリストラされる前に系列店に移動したのだが、「人手が足りないから、うちの店で働かないか」と声をかけてくれたのだ。
「ちょっと癖があるけど面倒見のいい人で、僕とも仲がよかったんです。本当は自信がなかったけど、『お前ならできる』と言われて、『はい』と」
最初は週1日から働き始め、徐々にシフトを増やしていった。時給は年に10円ずつ上がったのでリストラ前は930円だったが、出戻った後は、また一番下からのスタートになった。

3、4年すると、誘ってくれた上司は転勤でいなくなり、次に来た店長からパワハラを受けた。その後、高梨さんは最初に働いていた店に戻ることに。店長はいい人だったがヘッドハンティングされて辞めてしまい、新たに来た店長はまたもや最悪だった。
「なんか、パワハラくらって、次はいい人。またパワハラくらって、次はいい人。ずーっとそんな感じですね、ハハハ。いい店長はいつも笑っていて、僕がお客にクレームくらった時も一緒に謝ってくれる。フォローもしてくれるし、苦手な作業は『ゆっくりやっていいよ』と言ってくれる。やっぱり、理解されているという安心感は何物にも代えがたいものがあるし、この人のために頑張って働こうという気持ちになりますね」
一方、パワハラ店長には、どんな仕打ちをされたのか。
「何で嫌われていたのかわかりませんが、僕があいさつをしても無視する。報告書を持って行っても返事もしない。『お客さんが店長来てくださいと言っています』と伝えても、完全に無視ですよ。だから、こいつのためには働きたくないっていう気持ちになって、残業とか頼まれても『ダメです』と断る。で、さらに嫌われるっていう悪循環ですよね」
大切なのは人とのつながり
高梨さんは2年前にゲームセンターを辞めた。母親が病気になり、高梨さんは仕事をしながら母親の介護と家事をこなし、精神的に参ってしまったのだ。うつ状態になり、また家から出られなくなる――。
「うつになった原因は家族関係、とだけお伝えしておきます。家族にいろいろあって、まだ気持ちの整理がついていないので……」
昨年、体調が少しよくなった時、バイクで走っていて車にひかれてしまう。事故の後、うつが悪化して、ひどく落ち込んだ。
「あんまり大きな声じゃ言えないですけど、その時、ちょっと自殺も考えました。命の電話にも電話しましたからね。そんなレベルでした。何も考えられなくなったんです。ニヒリズムって言うんですか、将来のことを考えてもしょうがいないよねーみたいな感じで……。過去の事ばかり考えていたので、後ろを向きながら、前を見ないで歩いている感じですね」

どうにか踏みとどまれたのは、ひきこもりの活動をしていたおかげだ。活動で知り合ったカウンセラー関係の仕事をしている人に1週間かけてじっくり話を聞いてもらい、落ち着いたのだという。精神科にも通って抗うつ剤を処方してもらった。
完治したわけではないが、「今は焦りや不安はあまりない」と言う。ひきこもりの活動で知り合った人たちとのつながりがあり、一緒に遊びに行ったりしていて、精神的に余裕があるのだろう。
とはいえ、高梨さんにとって、そうした新たなつながりを築くのは簡単なことではなかった。自己肯定感が低いせいで、誰かと知り合いになっても、「僕と友達なんて同列に扱っていいのか」と悩み、「友達」と呼べるまで5年かかった人もいるそうだ。
「ひきこもりが社会に出てくる時は大抵、もめます。コミュ力が乏しいので、デリカシーのないことを言っちゃったり、0か100かで、言いたいことをずっと我慢していて突然爆発しちゃう人もいて、どこかしらでぶつかります。
それでも、1、2年かけると普通に話せるようになるので、やっぱり人としゃべらないと。コミュニケーションを取っているうちに、学んでいく感じですよね。うちの親もそうですが、ひきこもりの親ごさんは、子どもに働けとかお金を稼げとか言うけど、最終的にものを言うのはお金ではなく、人の貯金というか、人とのつながりだと思います」
貯金がなくなる前に新たな仕事を見つけたい
今は会社員の父親と2人暮らしで、高梨さんが炊事、洗濯、掃除など家事を全てやっている。リストラされてひきこもっていた時、母親に「家にいるなら家事をしなさい」と怒られ、料理のイロハをちょっとずつ叩き込まれたのが役に立った。
父親は来年3月に退職する。世間体を気にして高梨さんを扶養に入れてないので、高梨さんは健康保険や年金を自分で払っている。生活費は父親が出してくれているが、ひきこもりの活動費などは自分の貯金でまかなっており、来年には底をつく。
貯金が無くなる前に新たな仕事を見つけたいが、まだ見通しも立っていないという。追い詰められた気持ちになってもおかしくない状況なのだが、あまり気にしていないようだ。

「駅まで歩いてバス代往復520円を浮かせたり、涙ぐましい努力をしていますよ。せっかくね、空いている時間なんで、この時間を生かそうと考えています。この取材もそうですが、何か頼まれたら、基本、断らないようにしています。つい先日も、ひきこもりの活動で、いきなり30~40人の前でプレゼンさせられて。
活動を始めた最初の頃は、皆の前で話をするだけでも準備に2、3カ月かかっていたけど、意外とやったら、できたという感じです。そういう経験を活かせる仕事が見つかるといいんですけどね」
なんだか、たくましさすら感じさせる。今の生活で不満に思っていることはないかと聞くと、こんな言葉が返ってきた。
「家事を全部やっても、あまり感謝されないのがつらいです。この間も家でエビチリを作ったら、玉ねぎをもうちょっと大きく切らないと食感がどうのこうのと父親に言われて、自分で作らないくせに何言ってるんだと。今の状態を認めてほしいというか、僕がやるのを当たり前とは思わないでほしいですね」
「なんか夫への愚痴を言う主婦みたいですね」
笑いながらそう突っ込みを入れると、山中さんもハッとして照れたように笑った。
#1(前編)はこちらから
取材・文/萩原絹代 写真/shutterstock
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