自衛隊員の個人携行救急品のお粗末さ…キルギスやスリランカ以下、1カ所の銃創の止血すらできない隊員の命を脅かすともいえる装備
国土防衛のための医療に国全体で取り組むことが求められる現在、自衛隊の医療の現状はとても悲惨な事態にあるという。その一つに挙げられるのが救急品の拙さだ。世界と比べた自衛隊の個人携行救急品の真実を紹介する。『「自衛隊医療」現場の真実 - 今のままでは「助けられる命」を救えない -』(ワニ・プラス)より、一部抜粋・再構成してお届けする。
『「自衛隊医療」現場の真実』#3
自衛隊員の生命は危機に瀕している
組織というものは大きければ大きいほど、さまざまな理由を考えては問題解決を先延ばしにしたり、できない理由、やらない根拠を挙げるものだ。だが救急救命士や看護師の教育、訓練に関しては、隊員の生命に直結する大問題である。
2015年10月1日、厚生労働省医政局看護課長通知「看護師等が行う診療の補助行為及びその研修の推進について」が出された。これにより「防衛省・自衛隊の第一線救護における適確な救命に関する検討会」への疑問の声が出た。
通知には、看護師及び准看護師は、診療の補助行為として医師または歯科医師の指示のもと、救急救命士の独占業務と思われていた経口用気管チューブの挿管が「従前からできる」と記されていたためだ。
救急救命士免許は、看護師の業務独占の一部が行える資格であるので当然とも言える。だが、通知を根拠とするまでもなく、現在2000人近くいる准看護師は戦闘部隊にも配置されてきたのだから、自衛隊独自で標準化教育をしておけば、検討会そのものが必要なかったのではないかと、検討会座長が雑誌に寄稿するほどだった。

たった5日間の訓練で、一体何ができるのか
他国の救急法訓練についての過小評価や勘違いも散見される。戦闘職種の救急法能力は戦力維持に深く関わるものなので、実際を知るには相当な努力が必要である。
2016年5月に福島県郡山市で開催された、第19回日本臨床救急医学会総会・学術集会では自衛隊中央病院の救急課長が米軍のCLS(Combat Life Saver)養成について「少しの訓練、5日間で針脱気ができるようになる」と発言していたが、CLSの養成を簡単に考え過ぎている。
CLSとは、米軍の戦闘員に高度な救急処置訓練を施し、戦闘員自らが実施する救急処置とMEDIC(衛生特技軍曹)が行う応急処置の間をつなぐものである。米軍では少なくとも最小戦闘単位である4人に1人がCLS特技を保有するように努めている。
米軍全員ができる救急処置とCLSの違いは「胸腔穿刺」と、BVM換気などのMEDICの介助のみなので、確かに短期間に養成できそうに見える。
しかし、実際のCLS課程は運転免許試験場のようなもので、各部隊で訓練を受けた候補者が、連続5日間行われる筆記試験と実践的な実技試験を課されることで、習得している救急処置技術が実際に運用できるレベルにあるかを評価され、認定を受ける。
陸上自衛隊には戦車と装甲車にごく簡単な車載救急品を備えているだけだが、米軍には戦闘員の4人に1人がCLS専用のバッグを携行し、車両には担架を中心とした部隊用救急品が備えられている。
この要員と部隊用救急品の構成は各国とも似ており、第一線での適確な救命を実現するために大きな効果があるのは、CLS制度と部隊装備救急品の充実であることの証左だ。救命もまた、求められるものは「数」なのである。
現代の戦闘外傷救護が追求するものは「LLE」
事程左様に、他国の状況と比べると、自衛隊の置かれた状況はいかにもお粗末だ。
米軍について言えば、「防ぎえた戦闘死」、つまり受傷直後に適切な対応ができていれば隊員の命が助かったケースのうち、ベトナム戦争ではその33%を緊張性気胸が占めていたが、それから50年後の対テロ戦争時には1%まで減少させている。
「戦闘による防ぎ得た死亡」においては、「四肢からの出血」「胸部に受けた穿通性外傷による緊張性気胸」「気道の損傷または閉塞」が主要原因だった。これらは適切な対応により救命することが可能なため、先進国の軍隊では、将兵各個人が実施する救急処置の技能として教育を徹底している。

2012年以降はさらに胸部外傷、骨盤部の外傷、首と手足の付け根からの出血の止血にまで拡大している。
「四肢からの出血」については、受傷後2分程度で失血死してしまうこともあるので、個人が止血帯を2本以上携行し、装着する訓練を徹底するようになった。しかし、止血帯により血流を制限してしまうと、阻血痛が生じ、それは創傷の痛みよりも痛く感じるほどで、20分と痛みに耐えられない。
そこで、包帯状止血剤や圧迫止血用包帯などによる止血法へ切り替えるための技能が必須となる。止血帯による緊縛止血法以外に出血を制御できないとしても、患肢の長さをできるだけ残せるように止血帯を装着し直す。
このように、現代の戦闘外傷救護が追求するものは「LLE」と目標が定められている。
・L Life「生命を守れ」
・L Limb「手足を残せ」
・E Eyesight「視力を残せ」
つまり、「生命を守ること」は当然ながら、手足や視力を残すことで、その後の「生活の質を少しでも高く維持すること」まで踏み込んでいるのだ。
米軍が「血を流して得た」教訓になぜ学ばないのか
例えば、脚を切断することになった場合、少しでも負傷した脚の長さを残すことができるか否かで、車椅子生活になるか、義足による自立歩行が可能か、帰還後の人生に大きな差が生じてしまう。
これを左右するのは、負傷した直後の救急処置の適否だ。戦場ではMEDICのような医療の専門家による応急処置を受けることは期待できないため、負傷者自らまたは戦闘員相互による救急処置が極めて重要となるからだ。
前述のように、高速弾銃創は肝臓で弾丸直径の40倍、筋肉組織では30倍に達することがある。手足は防弾ベストやヘルメットなどで防護することができない一方、大きな筋肉を動かすための太い血管があり、血流量も多いため、大腿動脈と静脈が完全に離断した場合、3分程度で死亡してしまう。
しかし、即座に止血を行い、それが適切であれば90%、失血死を回避できる。このため、各国とも手足の銃創の救急処置から整備を始めているのだ。

米軍の救急品は、2004年のイラク、ファルージャの戦いで、三角巾と棒による緊縛止血法では効果がないことが判明したことから、止血帯と顆粒状止血剤、ガーゼ包帯、圧迫止血用包帯のパッケージが米軍将兵に緊急で支給された。
アメリカでは南北戦争以来、「負傷者の運命は最初に包帯を巻く者の手に委ねられる」(ニコラス・セン医師)として語り継がれている。
こうした観点から、米軍はベトナム戦争以来50年かけて戦闘による死亡者を減らす努力をしてきた。
主に効果を発揮したのは「BURP法」を教育したことだ。具体的には「胸部に穿通性外傷を負った場合、清潔なプラスチックフィルムを一方弁になるように貼って傷を塞ぐ」「具合が悪くなった場合、めくって脱気する」ことなどを意識付けた。
これには法改正も物も必要としない。直ちに実行できることだ。「隊員の命を第一とする」施策はこうしたことを言うのではないか。
アメリカはまさに文字どおり、血を流して得た教訓を活かしている。日本は自ら血を流さずして得られる教訓がありながら、学ぼうとしない。
自衛隊の装備はキルギスやスリランカ以下
米軍ほど潤沢な予算を持っていない国でも、安価ながらも実効的な救急品の整備を行っている。
例えばスリランカでは、高価な包帯状止血剤を整備することはできないので、ガーゼ包帯と脱脂綿で代用している。ガーゼ包帯を銃創の出血している場所に接触するように詰め込み、脱脂綿で容積を稼ぐのである。こうすれば、綿を包帯に加工する費用まで節約しながら救命を実現できる。
銃創の深さは13センチほどにまで至ることがあるため、ガーゼは何度も入れ直さなければならない。長さは、少なくとも4メートルが必要となる。米軍の今世紀初期の個人用救急品には4メートルガーゼ包帯が2個、圧迫止血用包帯が2個入っている。1カ所の銃創には銃弾が入った創と出た創の2つがあるので、この数も当然と言える。
一方で、わずか10センチ四方の止血ガーゼと1個の圧迫止血用包帯しか支給していない陸上自衛隊の個人携行救急品では、1カ所の銃創の止血もできないのである。
止血帯についても世界の最前線で使用されるCATが開発されたのは2005年のことだ。
当時は幅広のゴムによるエスマルヒ止血帯が、歴史があり効果があることも判明していたので、これを使用しやすいように金属製フックを取り付けたものを米軍は支給した。このゴム紐止血帯は1000円程度とCATの半額以下なので、大量に支給できたのだ。
キルギスやスリランカなどはさらに安価に、既存のエスマルヒ止血帯に輪を作って抵抗がかかるように工夫した。
これなら300円程度で実効的な止血帯となる。個人用救急品において最優先すべきは隊員の生命である。予算に乏しい国でも実効的な方法を陸自の個人携行救急品の予算の10分の1以下で実現している。
その一方で陸上自衛隊は戦闘服のベルトを止血帯の代用とする、バックルが破損して全く役に立たない教育を行っていたのだ。スリランカなどの例と比べれば、日本はまともな調査・研究すらしていないと言わざるを得ないだろう。
文/照井資規
『「自衛隊医療」現場の真実 - 今のままでは「助けられる命」を救えない -』(ワニ・プラス)
照井資規

2023/9/1
¥1,980
256ページ
978-4847073434
今すぐ手を打たなければ
市民の命も、自衛官自身の命も守れない!!
陸上自衛隊で、普通科・衛生科両職種の研究を続けた筆者だからこそ
今すぐ強く訴えたいことがある
台湾・朝鮮半島有事、国内の凶悪事件、テロ、さらにあいつぐ自然災害。
内外からの危機が現実になったとき、人々の命を守るのが「緊急事態対処医療」である。
自衛隊は民間とも連携しつつ、常にその最前線に立たなければならない。
地下鉄サリン事件、東日本大震災などの事件・災害現場や、新型コロナウィルスのワクチン接種などで
一般の市民は、彼らの活動をメディアでも目にしているだろう。
「災害時にたよりになる」と市民に評価されることは多くなったものの、自衛隊医療の「実態」は楽観できるものではない。
人員不足、予算不足に加え、複雑過ぎる組織、実態に合わない携行品、
市民の「有事」に対する危機感の薄さ、備えの貧弱さは今すぐ解決すべき課題を冷静に分析し、
あるべき姿を提言する。
【内容紹介】
1章 自衛隊医療の限界を露呈した「コロナワクチン大規模接種」
2章 ないがしろにされる自衛隊員の命
3章 核ミサイルが着弾、その時・・・
4章 日本は「銃撃」「テロ」「災害」に対処できるのか
5章 「市民救護」があなたを救う
6章 日本が世界に貢献するために
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