すべての指がそろっている。普通の生き方なら当然のことだ。
でも、20代のめちゃくちゃな僕のことを思い出すと、すべての指がそろっていることは奇跡的だ。一家や親分に迷惑をかけるような下手をうって、指つめを覚悟したことが何度もあった。アニキや先輩が「指を落とさなくていい」と言ってくれたから僕の指はつながってるけど、通常なら指をつめてしかるべき下手うちばかりだった。
そう、20代まで僕はヤクザだった。そんな僕が弁護士をしている。
体重100キロあった元覚せい剤中毒のヤクザはいかにして弁護士になったのか? 宅建も司法試験も合格した2つの勉強法
かつて暴力団の構成員で、薬物の売人をしながら自らもヤク中だった弁護士の諸橋仁智さん(46歳)。諸橋さんはいかにして更生し、難関の司法試験に合格したのか。
ヤクザから弁護士への転身
生き直しのコツは3点だけ

元ヤクザで弁護士の諸橋仁智さん
今では弁護士バッジをつけて裁判所に出入りしているけど、20代の僕はヤクザのバッジをつけて義理場(葬式や襲名などヤクザの儀礼の場)へ出席していたのだ。
ヤクザといっても、エリートヤクザからしょうもないチンピラまでいろいろいる。僕は、ヤクザの中でも落ちこぼれ、覚醒剤に溺れるどうしようもないポン中ヤクザだった。クスリにぼけて大事な会合を無断欠席したり、クスリを買うために事務所当番を抜け出してそのまま戻らなかったりとクズ中のクズヤクザだった。
それが、今では弁護士として、社会的地位と信用を得てマトモな仕事をしているのだから、当時の僕の仲間はみんな驚いているだろう。警察の留置場に差入れられた『だから、あなたも生きぬいて』(大平光代著/講談社)を読んだ僕が大平弁護士に感銘を受けて弁護士になった。
僕が意識した生き直しのコツは、たった3点だ。
「生活リズムを朝型に整える」
「人間関係を取捨選択する」
「しつこくなる」
詳しくは書籍『元ヤクザ弁護士: ヤクザのバッジを外して、弁護士バッジをつけました』に書いたが、これだけで、かなり生きやすくなった。
あおり運転で怒鳴りあいのケンカしていたヤクザ時代
肩で風を切って歩いていたヤクザが、カタギになったとたんに人にペコペコして働かなければならない。これは、ヤクザをやめた人がみなぶち当たるハードルだろう。このハードルを乗り越えられずに、ヤクザに舞い戻ってしまったケースをたくさんみてきた。
ヤクザは自分のことを「えらい」と勘違いして生きている。そうじゃなければヤクザ稼業は成り立たないのだ。

ヤクザ時代の諸橋さん
「誰にもの言ってんだよ!」というヤクザの決まり文句、これはかなり高い自尊心がなければ口から出てこない。人から軽んじられるようなことがあれば暴力的言動をもって自分と組織の権威を高めろ、そう教育されているのだ。
僕は、ヤクザにしてはそれほど粗暴な性格ではなかったと思う。そんな僕でも、ヤクザのときは、後ろからクラクションを鳴らされれば勢いよく車から降りていって相手を怒鳴りちらしていた。周りにいた人たちも僕を軽んじるようなことはまずなかったし、僕は親分のカバン持ちだったからヤクザの中でも立ててもらっていたほうだ。
僕は、ご多分に漏れず、「自分はえらい」と勘違いしていた。
実家での生活を始めてからすぐ、運転中のトラブルで怒鳴りあいのケンカが2回くらいあった。自分からケンカを売ったことはないが、相手があおってきたときに目をそらせなかったし、文句を言われたときに「すみません」と言えなかった。
執行猶予中だというのがブレーキになって殴り合いにまでならなかったけど、一般のお兄ちゃんにケンカを売られても手を出さないで我慢するというのはなかなかにつらいものがあった。一般の人からしたら、当たり前のことだろう。ケンカを売られても買わない。これがヤクザを辞めたばかりの人間にはとても難しいのだ。
シャブを効かしたトレーニング
司法試験をめざす前に、少しずつだけど、勉強の合間に運動を始めた。
最初は軽く散歩したりする程度だったけど、勉強の息抜き・リフレッシュにはよい効果があった。精神病院を退院したころ、体重は100キロ近くあったと思う。このころ飲んでいた精神薬は、身体がだるくなって動きが鈍くなった。「太るよ」と、医師からも説明を受けていた。
さすがに痩せようと思い、ダイエット目的で運動を始めた。汗をかいてリフレッシュすることが気持ちよかった。体重が100キロもあると、ちょっとの散歩でも汗びっしょりだった。
そのうち、ダイエット目的より、楽しくて運動するようになった。
実は、運動の気持ち良さに気づいたのは、(司法試験の前に受験して合格した)宅建の勉強を始めるより前のことだ。まだシャブにボケて、渋谷にいたころの話である。普通、シャブに浸かるとギャンブルや性欲に走るものだが、僕はなんとトレーニングにはまった。
シャブをきめていると筋肉の限界を超えたパワーが出せる。
ギンギンにシャブを効かしてからトレーニングをして、プロテインをガブ飲みする。アスリートなら完全にドーピング違反になるようなトレーニングを、シャブにボケた僕は、夜中の代々木公園で一人でしていた。

周りの仲間が離れて一人ぼっちになっていたとき、トレーニングくらいしかやることがなかったというのもある。
トレーニングにハマるというのは、依存症の人にはお勧めの依存の逃がし方だ。最初はしんどいけど、だんだん筋肉に乳酸が溜まること(疲労すること)が快感になってくるから不思議だ。トレーニングにうまくハマって依存を切ることに成功している方は多くいる。
しかし僕はシャブとトレーニングを併用していたから、これではまったくダメだった。それでも、トレーニングの気持ちよさを知っていたことは後々にシャブを断つことに役立った。執行猶予判決をもらい、実家で宅建の勉強をスタートしたころに、シャブなしでも運動の清々しさを楽しめるようになったのだ。
そして僕は、どんどん運動にハマっていった。最初のうちは、晩メシのあと風呂に入る前の時間帯に運動していた。
運動をすると、血圧上昇と興奮作用があるから、眠りにつく数時間前の運動は、睡眠を阻害するため、適さないらしい。宅建受験のころは、風呂を上がった後に深夜3時や4時まで起きて勉強とかをしていたから、夜の19時〜21時くらいに運動することが睡眠サイクルにもあっていた。
宅建も司法試験も合格した2つの勉強法
僕が見つけた受験勉強のコツは、過去問や市販の問題集を繰り返すことだ。
テキストを読むのは、問題集を解き終わってどんな問題が出されるのかイメージを持ってからで良い。やみくもにテキストをべた読みすると、重要でない部分を暗記するように読み込んでしまったりして無駄が多いのだ。
受験までの時間がないなら、問題集で間違ったところだけテキストを読むでもいいと思う。つまり、テキストの通読を一度もしなくても合格には足りる。この「問題集を先にやりましょう」という方法は受験に特化した勉強法なのであって、学問的な教養を身につけることを一切無視している。僕は、「教養なんてものは合格してから身につければよい」と思っていた。

問題集は「繰り返す」ことが大事だ。逆に言うと、しっかりと問題に向き合って1周だけ取り組むみたいなやり方ではあまり身につかない。サラっとでいいから問題を解く、すぐに回答を読む。これが一番だ。
時間をかけて記憶を絞り出す必要はないし、そもそも絞り出さなければ出てこないような記憶では受験に使えない。とっとと問題集を1周させて、すぐに2周目、3周目に突入する。
テキストは、必要に応じて、後回しで良い。これが、僕が宅建の受験で身につけた勉強法だ。基本的にこのやり方で、司法試験まで合格できた。
何度も間違える問題を絞ってその問題を繰り返し解く。不思議なもので、1回で身に付く問題と何度も間違いを繰り返す問題がある。「なんでだろう?」と悩んでも仕方ない。間違えを繰り返すところに付箋を貼って、間違えやすい問題だけ解くこともした。
図やイラストを使って記憶に残す方法も良かった。
僕は、絵やマンガを描くのが好きだ。子どものころから、文字だけの本はまったくといっていいほど読まなかったけど、マンガはよく読んだ。本を読むことに苦手意識はなかったけど、マンガの方が断然好きだった。文字だけの情報は脳が受け付けないが、イラストが一緒にあると記憶に残る。
宅建のテキストにもイラストが少しはあったけど、それでも僕には文字が多すぎると感じた。そこで、僕は、ノートをとるときやテキストに書き込みをするときに、図やイラストを一緒に書き込むようにした。知識を思い出すときに、そのイラストと一緒に記憶から取り出すことができた。
これは、特に暗記が必要な科目のときに有効だった。
いまだに、民法の条文を思い出すときに、宅建の勉強の時のイラストを思い出す。イラストのおかげで、僕の記憶にしっかりと定着しているということであろう。
文/諸橋仁智
『元ヤクザ弁護士』(彩図社)
諸橋仁智

2023年5月29日
¥1,540
224ページ
978-4-8013-0661-5
福島県に生まれた著者は、高校を卒業し浪人生として上京する。東京に出て初めてのひとり暮らし、予備校の悪友が「吸う?」と差し出してきたのは、覚醒剤だった。
その出来事をきっかけに裏社会へ足を踏み入れた著者は、気が付けば“アニキ”の舎弟としてヤクザになっていた。
恐喝、暴力、そして薬物。悪事を尽くして身を滅ぼしかけた著者は、留置所の中で「弁護士を目指して再出発する」ことを誓う――。