「クマは人間の目が怖いの。だからじっと見てきたら、絶対に目をそらしちゃいけない」ツキノワグマに顔を殴打され右目眼球が…死亡者全員に食害された跡が残る本州史上最悪のクマ事故も勃発
日本に棲息するクマは北海道のヒグマと、本州と四国の一部に棲むツキノワグマの2種類。どちらも個体数が増加し、分布域が拡大しているのが現状だ。本州でも、連日のようにツキノワグマが市街地などに出没している。ヒグマに続き、ツキノワグマの生態や現状、もしも遭遇した場合、対処法についてなど各方面の関係者に聞いてみた。
クマは駆除ありきの『害獣』なのか!?〈ツキノワグマ編〉
山中のクマは市街地に出るクマよりもゆったりしているのが通常
今年6月16日早朝、島根県在住70代の男性が自宅裏山でツキノワグマに顔を殴打され、右目眼球が飛び出すほどの大けがを負った。
主にツキノワグマの研究を長く行う東京農業大学・山﨑晃司教授は「クマの防御的攻撃がこの負傷事故につながっていると想像できますが、事故の形態自体は珍しいものではありません。恐らく、何らかの理由でクマと人がバッタリ遭遇してしまい、クマは男性が年をとっていて倒しやすい相手と判断して攻撃。最初の一打が顔面に届いてしまったのでしょう」と語る。
クマの被害事故ついて、クマ研究者・北海道大学の坪田敏男教授は「ヒグマのほうが大型なので、一撃で死亡につながる事故が圧倒的に多いだけで、総体的な個体数を見ればツキノワグマはヒグマより圧倒的に多い。被害事故の発生数を比べればツキノワグマのほうが断然多いです。しかしどちらも力は強いので、攻撃されると人はケガをします」
世界に棲息するクマは8種類。日本にはそのうちの2種類が棲息する。北海道のヒグマと、本州と四国の一部に棲むツキノワグマだ。そして、山﨑教授は「日本はアジアで唯一、ツキノワグマが増えている国」と語る。

山中に残るツキノワグマの足跡
2016(平成28)年、5月下旬~6月初旬にかけて、秋田県鹿角市で起きたツキノワグマによる連続事故では、タケノコ採りの高齢者4名が死亡、1名が軽傷を負った。死亡者全員に食害された跡が残る、本州史上最悪の事故として記憶に新しい。
「最初から人を襲う目的のクマはいません。季節の食べ物は人間と同様にクマも食べたいので、そこでバッティングしてしまう。人もクマも山菜などに夢中になっているとお互い気づきにくく、出会ってしまうとどちらも驚き突発事故になりやすいのです。山の中は彼らのホームなので、市街地に出るクマよりもむしろゆったりしているのが通常です」(山﨑教授)
ツキノワグマの分布域だが、九州では1940年代に絶滅。四国では現在、剣山系の限られた範囲に20頭ほどが確認されているだけ。主な棲息地である本州には、科学的根拠が乏しいながら、多く見積もって5万頭以上いるといわれ、ヒグマの数に比べればかなり多いといわれている。
体はヒグマよりも小型でオスの成獣で60~100㎏、メスの成獣で40~60㎏程度。行動範囲はヒグマと同様に、メスよりもオスのほうがかなり広範囲だ。胸に白い三日月形の模様があることから、「ツキノワグマ=月の輪熊」という名前になった。
本州全域で増加をたどるツキノワグマの出没件数
関東最後の秘境といわれる群馬県みなかみ町の奥利根。ここで25年以上、クマ撃ち猟師を続け、若い世代にその技術を伝えている高柳盛芳さんに、クマを追う立場から見るツキノワグマについて聞いてみた。
高柳さんは山に入ると、その年の木の実などの成り具合をチェックしながら、ツキノワグマの生活痕を見つけて追跡。鉄砲で頭や首を狙い一発で仕留める。
「心臓を撃ったって、100mは追いかけてくるんだから。神経を狙って一発で仕留めないと、こっちがやられるからね。彼らは耳と鼻がきく。だから近づくときは地形と風向きを読み、足音を立てないように、クマと同じ歩き方〝忍び足〟で近づく。あんなに大きくて強いのにいつも警戒しているね。ちょっとしたことですぐに人に気づいて逃げていくよ。とにかく頭のいい動物だよ」

クマ撃ち猟師・高柳盛芳さん。写真提供:風来堂
高柳さんは続ける。
「最近は、みなかみ町周辺の夜の温泉街にもクマが出没するようになったしね。町にクマが出てくるなんておかしいでしょう。クマを撃たなくなったからだよ。もっと猟師がクマを獲れば人里になんか出てこないよ」

仲間と巻き狩で4頭を仕留めた高柳盛芳さん(前列左端)。写真提供:高柳盛芳
この6月には、岩手県盛岡市の動物園の園内にツキノワグマがたびたび侵入。臨時休園をよぎなくされた(現在は開園)。この動物園は4月に開放的なデザインに一新。リニューアルオープンしたばかりで、皮肉なことに、大きな窓からツキノワグマを真近で見ることができる「ツキノワグマテラス」が展示の目玉のひとつだった。
山形県でもこの6月、市街地などでのクマの出没が相次ぎ、前年の同時期に比べて130件以上も増加。ほかに新潟県、長野県、京都府など本州全域で出没数は増えている。
「本州のツキノワグマの出没報告件数は、確かに多い印象があります。ただし、例えば福島県のように、出没グマが体長50~80cmといった小さな例が多い県もあります。出没個体の属性に関する情報の分析や精査がなされていないため、具体的な状況は私も把握できていません。いずれにせよ,人身事故事例が増えてくるのはこれからと思います」(山﨑教授)
もっとも有効な対策は「クマに出会わないこと」
「今まで何度もクマに追いかけられたね」と、ツキノワグマとガチンコで対峙してきた高柳さん。釣りなどで鉄砲を持たずに山へ入るときの「バッタリ遭遇」を避ける方法を聞いてみた。
「山道はカーブが多く、見通しが悪いから要所要所で人の存在を知らせることだね。クマやシカは暗いところから暗いところへ、スギやヒノキなど常緑樹のある場所を伝って姿をカモフラージュしながら移動するから。このあたりのクマはクマ鈴なんて効果ないからね。慣れちゃってるの。音の高い笛か、爆竹がおすすめ。爆竹は銃声と似ているからね。あとはクマ撃退スプレーだね。でも、自分に降りかかったら大変なことになるから、風向きは考えて使わないとダメだね」
クマ撃退スプレーの効果を山﨑教授にうかがった。
「とても効果がありますが、条件はあります。まず、ホルスターにスプレーを入れ腰につけておくこと。リュックなどに入れてしまうと使うことはできない。そして、とっさのときに冷静にホルスターから抜き、安全装置を外し、クマがまっすぐに向かってきたとき、有効射程距離(5~6m)に入るまで待つ。そして、クマの目・鼻・口の粘膜を狙ってスプレーを噴射する。自分への吹き返しにも気をつけながら冷静に使うためには、トレーニングを積まなければ成功確率は低いでしょう」。

クマ撃退スプレー。写真提供:(株)ラングスジャパン
「ヒグマの棲みか」といわれる北海道知床半島の「知床自然センター」では、20分間の事前レクチャーを条件に、クマ撃退スプレーのレンタルも行っている。
「最終兵器、いざというときのカウンター(反撃)として有効です」(知床財団の新庄さん)
スプレーは唐辛子成分を使っているので、こちらが吸い込んでしまうと呼吸困難になりクマ退治どころではなくなるので、よく覚えておこう。
自然の中に入るときは、聴覚や臭覚などのセンサーを鋭敏にすることも大切。草木がカサカサと揺れる音や、シカの死体などで発生する生臭い匂いがしたら、近くにクマがいる可能性がある。早く通り過ぎるのが賢明だ。
クマの足跡や、新鮮なフン、またツキノワグマの場合は、木の実を食べるため樹上につくる枝の塊「クマ棚」を発見した場合も同様だ。強風や強い雨の音などの悪天候、川の流れの音が大きいときなどは、それらがわかりづらいのでとくに注意が必要だ。

大人の手のひらと同サイズのツキノワグマの足跡。写真提供:高柳盛芳
もしもクマと「バッタリ遭遇」してしまった場合。その場の状況やクマの出方によって対処法はさまざまで正解はないが、まずは落ち着いてクマの様子を見ながら、背中を向けずにあとずさりし、ゆっくりと距離を離すこと。背中を向けて逃げるとヒグマは素早く動くものに反応するうえ、弱者は倒せると思い背後から襲われる可能性がある。
例えば威嚇突進攻撃(ブラフチャージ)をしてきても、クマは臆病なので直前で踵を返すことが多い。しかし本当に襲ってきて逃げきれない場合は、体を大きく見せる、クマよけスプレーで応戦するなどこちらも強気で対処する。最終的には腹ばいになって頭・顔を守り、首の後ろを手で守る防御姿勢をとってケガを最小限に食い止めたい。
「クマは人間の目が怖いの。だからクマがじっとこちらを見てきたら、絶対に目をそらしちゃいけない。目をそらした瞬間に向かってくるよ」(高柳さん)
これから本格的に始まるレジャーシーズン。過度に怖がる必要はないが、山中や森に出かけるときは常に「山の主」の存在を意識して、冷静な行動ができるように準備をしておきたい。
文/兼子梨花 編集/風来堂
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