欧州よりはるかに近く土地売買規制も投資規制もないに等しい北海道が中国の餌食に? 昨今の地価高騰に潜む資産隠しのマネロンと匿名投資の可能性
外国資本による“国土買収のリアル”に迫った『サイレント国土買収 再エネ礼賛の罠』(角川新書)より、リゾート開発などで地価が高騰する北海道の現状を一部抜粋・再構成してお届けする。
『サイレント国土買収 再エネ礼賛の罠』#3
新千歳空港と航空自衛隊の千歳基地が一望できる別荘地
航空自衛隊千歳基地近くの複数の土地には、2008年の早い時期から土地買収の噂を私はよく耳にした。現実として話題になったのは、10年、ニトリの子会社、ニトリパブリックが手掛けた別荘地である。
千歳市郊外に建設された17戸で、1戸当たりの面積は380平方m(115坪)。家具付きで3000万円で売りに出したら即完売した。ニトリパブリックによると、買ったのは全員、中国の人(日本に住む人を含む)だったという。私が分譲直後に訪れてみたときには玄関先に子ども用の自転車が各戸に置かれていたが、10年以上経った今では、当然ながらもう何も置かれていなかった。
この別荘地にはカーポートはないかわり、巨大なパラボラアンテナが各戸の敷地の中に一定間隔で計5基設置されている(写真2-a)。高台にあるので、そこからは新千歳空港と航空自衛隊の千歳基地が北東方向に一望できる。その距離は1.5㎞。
ただこの別荘地、用途はいろいろあるようで、ある関係者によると、13年頃、当地に出入りしていたのは子ども連れの家族ではなく、マイクロバスに同乗してきた数人の男たちだったという。それぞれが各戸に散らばり、1週間ほど滞在したそうで、そういった動きについては、今は衛星画像でもわかるようになっている。画像の解像精度はセンチメートル以下にまで上がってきたからで、子どもと成人の頭の大きさくらいは十分区別がつくのである。
北海道の知人によると、このとき一般の人が付近を歩いていたら、黒塗りのバンに乗った人から流ちょうではない日本語で制止されたという。複数の近隣住民は気味悪く思って警察に通報し、相談している。

図2-a 巨大なパラボラアンテナ付きの別荘はニトリパブリックが分譲販売(北海道千歳市、著者撮影)。『サイレント国土買収 再エネ礼賛の罠』より
“お客様”中国ニーズにあわせて北海道に別荘を建設するニトリ子会社
私はこの別荘が気になっていたので分譲しはじめの頃、ニトリパブリックに聞いてみたことがある。電話口の営業担当マンはこう教えてくれた。
「今後は500戸、1000戸と、同じような別荘地を増やしていく計画です。1万人規模のものも考えています」
びっくりして、その計画地の場所を聞いた。
「どこに建設されるんですか?」
答えたくないようで、なかなか教えてくれない。
「それはお客様である中国の方のニーズに応じて決めます。あくまでもお客様が望まれる場所に作っていきます。今は言えませんが……」
言い渋る営業マンにそれでも食い下がってみると、
「……釧路とか」
と、一言添えてくれた。
低温・濃霧・不景気・人口減の街の釧路が、なぜ別荘地
私は正直言って驚いた。低温・濃霧・不景気・人口減の街の釧路が、なぜ次の別荘地候補に……?
後でニトリパブリックにそう言わしめた一つの理由に思い当たった。
「狙った恋の落とし方。」--。
2008年に公開されたその中国映画の原題は「非誠勿擾」。
歴代興行第1位を記録するヒット作で、中国国内で1億人以上が観たものだ。中国での北海道観光ブームをつくったきっかけになった映画で、舞台は北海道の道東。釧路、阿寒、網走、厚岸(あつけし)、斜里(しゃり)、美幌(びほろ)の現地ロケも行われた。この映画の配給元(日本国内)がニトリパブリックだった。ニトリの国際的な躍進、事業拡大はこの頃からはじまっている。
以来、15年。
この間の北海道内の変わりようを振り返り、道内全域を俯瞰してみると感慨深い。長いレールに沿った壮大なプランが確実に進んでいるように感じるのは私だけだろうか。

倒産自治体のその後(北海道夕張市)
2022年4月。エゾシカがゆったりと街中を横切っていた。人影が見えない。
自治体倒産(06年)で全国的に有名になった夕張市だが、若者や子どものすがたが本当に街中に見当たらない。スーパーでも、コンビニでも。私が滞在した3日間ともそうだった。
夕張の「終わりの始まり」を決定づけたのは、17年だったかもしれない。
この年、鈴木直道市長(当時)は市有財産の「夕張リゾート(スキー場ほか三施設)」を企画コンペで民間へ売却した。固定資産税の免除(3年間)も付けて、虎の子の財産を手放した。それが夕張迷走に拍車をかけた。
落札したのは在日中国人が代表を務める「元大リアルエステート」。その額は2.4億円だったが、計画として発表されていた100億円の投資はその後なされず、2年後の19年、これらの物件は、香港ファンドのグレートトレンドへ15億円で転売された。
元大リアルエステートの呉之平代表は「夕張リゾート」を落札した同年、「夕張鹿鳴館(ろくめいかん)も手掛けたい」と夕張市に申し出た。
夕張鹿鳴館は、1913年に建設された木造建築物で国の登録有形文化財。炭鉱全盛期の栄華を偲しのばせ、天皇・皇族の宿泊施設にも供された迎賓館である。夕張市はその要望通り、この建物の敷地と庭園、さらに周辺山林(ゴルフ場跡地)も含めた合計9.6ヘクタール(いずれも市有地)を同代表に無償で貸付けし、それを今なお続けている。お人ひと好しの典型ではないか。
夕張にとって頼みの綱だった中国人T社長
まだ続きがあって、香港ファンドの手に渡った「夕張リゾート」の運営会社も衣替えして新しくなった。その会社とは、夕張リゾートオペレーション株式会社である。その新社長の中国人T氏がやる気満々だと聞いて、夕張市は当時、大きな期待をもった。
「夕張リゾートオペレーション株式会社のT社長(原文は氏名記載)は社長就任後、私どもの早期再開の強い思いにお応え頂き、早速市内に居を構えスキー場再開に向けた諸準備を進めてくださいました。私ども市ともコミュニケーションを欠かさず、作業の進ちょくをご報告くださり、…また既に多くの市民の皆様とも積極的に交流してこられました」 (21年11月19日、厚谷司氏のフェイスブック)
知人から教えてもらったがSNSでそう発信したのは、23年4月に再選した現市長の厚谷司氏である。過剰な敬語に違和感を覚えるが、大切な人なのだろう。
長年、夕張に暮らしてきた老店主は私にこうぼやいた。
「市長は観光再開のお願いに行くだけよ。中国人のリゾート業者には何もモノが言えない」
夕張市にとっては頼みの綱だったT社長だが、長くは続かなかった。

窮状を打開する策は、インバウンド+移民しかない
22年4月、夕張リゾートオペレーション株式会社を辞任したT氏は、自身が会長を務める法人をベースに夕張で別の開発事業を手掛けることにしたという。立場をデベロッパーに変えた。
一連の経過に法的な問題は何もないが、外資系の企業や関係者に振り回され、何ら実のある交渉ができなかった夕張市は大丈夫か。情や阿吽の呼吸、口約束……、そんな相手頼みの旧スタイルだけではグローバルな市場では通用しないのはいうまでもない。
夕張市は破綻して16年が経ったが、06年当時1万3000人だった人口は、今や半減して6700人(23年2月)だ。市役所では中途退職者が相次ぎ、人材流出が止まらない。給料は3〜4割も削減されている。かろうじて道庁からの出向者たちが市政を支えているが、この集団も24年には半減する。行政機能の低下は否めない。かつてはブームタウン(にわか景気に沸く町)の時代も経験した夕張市の未来が、私は本当に心配だ。
もっとも、アドバンテージはかろうじて残っている。道知事になった鈴木直道氏は知らんぷりはしないだろうし、ニトリが夕張市に5億円以上の寄付を続けてくれている。心強い行政と経済界の応援団がついている。
とはいうものの、市政の維持が難しくなり、担い手も見えず、生き残るための選択肢を失っている。窮状を打開する策は、インバウンド+移民しかないかもしれない。それが最後のカードになる。
この先の夕張は紆余曲折を経ながらガバナンス形態が少しずつ変わりゆき、時間はかかるだろうが、新しい入植者たちによる自治区的要素をもつエリアに置き換わっていくのかもしれない。北海道全体でもそうした市町村が増えていくのではないかと、私は危惧している。
夕張のこの現実に対して目をそらすことなく、変貌していく社会の到来とそういった社会の是非について、国として議論しなければならないときが来ている。
このところのバブルはシンガポール経由の中国マネー
外資の土地買収の問題で、倶知安・ニセコは別格である。
買収面積は公表されているだけでも、倶知安町75件・670ヘクタール(東京ドーム約143個分)、ニセコ町76件・299ヘクタール(同約64個分)(出典 北海道庁)である。
地価の高騰ぶりは他の追随を許さず、公示地価ベースで10年の1万5675円/平方メートル(倶知安町)が、23年には5.93倍の9万3000円/平方メートル(同)に上昇している。
ここでは外資の国土買収という一見不穏な言葉からは程遠いイメージが醸し出されている。それは、豪州系白人がスイスのような白銀のスキーリゾートをつくり上げていく国際都市、というものだ。
ただ、そんなイメージをもって現地に飛んだなら、ここ数年の変化には驚くだろう。
「一言でいうなら、このところのバブルはシンガポール経由の中国マネーです」
地元の重鎮は、私の取材にこうきっぱりと言い切った。
倶知安・ニセコの異常な地価高騰には、資産隠しのためのマネーロンダリング、匿名投資が多数かかわっていると見られる。21年中ごろ、サンシティ・グループが倶知安町の20ヘクタールを買収した時には緊張が走った。同グループトップのアルビン・チャウ(周焯華)は、当時すでに豪米ではカジノがらみのマネーロンダリングなどで入国禁止だった。
「いよいよニセコにも本格的な中国マネーの参入か、裏カジノができるのでは……」

土地売買規制も投資規制もないに等しい
そう身構える地元民もいたが、その後、アルビン・チャウはマカオで逮捕され、日本でもIR事業をめぐる収賄容疑で国会議員が逮捕され、北海道内のカジノ構想は下火になった。
しかし中国大陸からすると、北海道は何かと仕掛けるに好都合なのだろう。欧州よりはるかに近いし、土地売買規制も投資規制もないに等しい。積極的な投資活動は、新幹線開通の30年までは沸騰したまま続くだろう。
私が懸念するのは止まらない巨大なリゾート開発と増大する水需要をどうコントロールしていくかという点だ。大型上下水道などを準備するコストを誰が負担していくのか。景観保持も含めたこれらの問題では、町民と海外オーナーとの意見の相違も出てくるだろう。
先進的な宿泊税(町税)を19年から徴収するようになった倶知安町では、これまでならシャンシャンだった観光協会の理事や会長も選挙になった。今後、税収が増えるにつれ、その分配をめぐる調整は難しくなっていくだろう。
税を支払う側の国際派(外資及び外国人)の発言力が大きくなるにつれ、公共組織のトップの人選も変わってくるはずで、近い将来、海外の者が観光協会会長になるなど、ガバナンスの一端を担うようになる日が来る、と私は推測する。
『サイレント国土買収 再エネ礼賛の罠』 (角川新書)
平野秀樹

2023年6月10日
1,056円
296ページ
978-4040824352
脱炭素の美名のもと、不可解な用地買収が進み、国土が失われ続けている
(本書で紹介する主な地域)
■メガソーラー
福島県西郷村(上海電力のメガソーラー)、茨城県つくば市(日本最大の営農型ソーラー)、大阪湾咲洲、山口県柳井市・岩国市(岩国基地周辺メガソーラー)、熊本市、長崎県佐世保市
■陸上風力
北海道稚内市、北海道当別町
■洋上風力
富山県入善町(日本初、洋上風力にも中国企業)、長崎県西海市
■港湾
北海道釧路市、北海道石狩市、北海道小樽市・余市町、北海道苫小牧市、大阪市、福岡市・福津市、長崎県佐世保市(ハウステンボスを買収した香港資本)
■リゾート地
北海道千歳市、北海道夕張市、北海道倶知安町・ニセコ町、北海道占冠村・新得町・赤井川村(外資が占有する国有地)、北海道富良野市・上富良野町、新潟県糸魚川市・妙高市・阿賀町(原生自然と鄙びた宿を買う)、神奈川県箱根町・静岡県熱海市(高級旅館と町屋を買う)、歴史ある通りが企業の名を冠した名称に(京都市)、大阪市・泉南市
■農林地
北海道平取町(ドローンの墓場)、茨城県阿見町・土浦市、宮崎県都城市(700ヘクタールの巨大開発)
■離島
山口県周防大島町、長崎県対馬市、鹿児島県奄美市(琉球弧の要衝をあの手この手で)、沖縄県宮古島市、沖縄県北大東村ラサ島(垂涎の孤島)
■産業インフラ(物流団地や工業団地など)
北海道石狩市、埼玉県幸手市、北海道白糠町、熊本市・菊陽町
■学校や文化施設
北海道稚内市・北海道苫小牧市(キャンパスを買う)、岩手県安比町(外資による教育ビジネス)、新潟市・佐渡市(総領事館問題)
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