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メディアの「自発的隷従」

河野 いまは地方にも吉本興業など大手プロダクションが進出して、ローカルの深夜番組も東京と変わらない。これを地方局がありがたがっていてはいけないと私自身は思っています。

ところで、金平さんはご著書などでメディアの「自発的隷従」という言い方をされています。いつしか威勢がいいのは体制寄りの人ばかり。もういろんな場面で「忖度」が増え、息苦しさを感じるような現場になっています。

私の経験で言うと、7~8年前、北海道の3つの離島を旅する番組をつくったんです。そこで礼文島に「日本最北の島、礼文島」とナレーションを入れたら、東京の営業が「“日本”を取れ」と言ってきた。

金平 あぁ、北方領土か。

河野 そうなんです。択捉島の北の岬が、宗谷岬や礼文島の最北端よりも北にある。わずかに。それで営業が、大事なことを見つけてやったかのように現場に下ろしてくる。

金平 まあ、そういう検察官みたいなのがいるんですよね。

河野 だけども、礼文町が出している観光パンフレットにも、フェリーターミナルの看板にも、「日本最北」の文字が踊っているんですよ(笑)。
 
金平 こないだ僕は、自費でモスクワに行ってきたんですよ。「戦争をやっている当事国の人間がどういう年末年始を送っているのか見たい」と、そう言ったら、会社の番組は後ろ向きで、ダメだって。

「わかった。じゃあ自費で観光客として行くんだったら文句ないだろう」って。それで行ってみたら、もうビックリ。まったく戦争の影が、無い。

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金平茂紀氏(撮影:野﨑慧嗣)

河野 そうなんですか。ロシア兵もたくさん死んでいるのに。

金平 すごいですよ。みんなお祝いで「赤の広場」が遊園地みたいになっている。ウクライナでは夜中に防空壕に避難したりしているというのに。パラレルワールドですよ、まったく。

そして、モスクワの郊外に「ロシア連邦軍主聖堂」というのがあるんです。これは連邦軍と宗教が合体した、ロシア正教の教会で。普通、教会といえば白っぽかったりクリーム色だったりするのが、ここはカーキ色なんです。

河野 へえー。

金平 軍服の色なの、全体が。中に入って、たまげましたよ。「ロシア正教は、ロシア人が起こした戦争を守護神として、天上から見守っています」というモザイク画が沢山あって、勝利を祝福している。

中の一枚が、1945年8月9日、ソ連が日ソ中立条約を破って満州や千島、樺太に侵攻してきましたよね。その時のことが、軍国主義日本を打ち倒した、というモザイク画で描かれていた。日の丸やナチスの旗が打ち倒されてある。そこにロシア兵が集まって、天空を見ると神々が祝福している。

もう、すごくデカいモザイク画。それを見ながら皆で新年を祝っている。そんなところに「北方領土を返してくれ」とか言っていたんですよね。

ロシアのメンタリティを僕らは知らなすぎるっていうか。考えてみると、彼らは戦争をやることが悪いことだって、ロシア革命以来一度も思っていない。そう思いました。話がズレちゃったんですけど。

河野 ああ、いえいえ。サハリンでドラマのロケをしたとき、私たちスタッフが泊まったのはサハリン州の第一書記が別荘として使っていた屋敷でした。ロシア語で山とか丘を指す「ゴルカ」と呼ばれる建物で、その名の通り山から街を見下ろしている。街中の、壁が剥がれ落ちた4、5階建ての労働者アパートとは対照的でした。

共産主義という理念と出来上がった社会の実態はかけはなれているな、と。お話を聞いてサハリンの景色を思い出しました。