「断絶」から生まれたデータ活用
「獺祭」という日本酒は、日本国内はもとより、海外でも高い評価を受けている。2022年9月には、ニューヨークのオークションハウス「サザビーズ」に出品し、1本約115万円で落札され話題となった。さぞや長年の伝統により磨き上げられた逸品なのだろう……と思いきや、実は獺祭というブランドが生まれたのは30年前。いわば「新参のブランド」と言ってもいいかもしれない。
獺祭を製造・販売する旭酒造は、酒造りにデータ活用を積極的に取り入れ、20年ほどで急激に頭角を表してきた。
ものづくりにおけるデータ活用というと、同じものを作る再現性、製造工程の効率化や省力化、さらにはコストの削減などといったキーワードを思い浮かべる人が多いだろう。しかし、旭酒造株式会社の代表取締役社長・桜井一宏さんに話を聞くと、意外にも「そうした効率化のアプローチとは真逆の方向性だ」との答えが返ってきた。
同社のデータ活用について具体的な紹介を行う前に、まずは同社がデータ活用に舵を切った経緯を説明しよう。
一般的な酒造りにおいて、酒蔵は「杜氏(とうじ)」と呼ばれる酒造りの専門家を外部から招き入れ、杜氏が引き連れてきた蔵人と共に酒造りを行う。かつては旭酒造もそのルールに倣った酒造りをしていたが、20年ほど前、それまで一緒に酒造りをしていた杜氏に去られてしまったそうだ。
「今の会長、つまり先代の社長の頃の話です。会社としては、うまい酒、純米大吟醸を作らないと未来がないと感じていました。一方で杜氏は、従来どおり普通酒を中心とした酒造りを続けたかった。ちょうどその頃、会社が地ビールで失敗して大きな負債を抱えてしまい、杜氏も会社が潰れて給料がもらえないかもしれない、といった不安を抱いたのだと思います」
杜氏がいなくなった旭酒造は、自分たちで一から酒造りを行うことを決意。データ分析による酒造りはそれ以前から少しずつ行っていたそうだが、自分たちが品質にコミットし、酒造りに取り組んでいく中で、データをとり、結果を検証していくことの重要性が増していった。その後は着実に人々の支持を掴み、2003年には海外進出と果たすなど、獺祭のブランドを揺るぎないものにしていった。