『みんな政治でバカになる』綿野恵太著【BOOKレビュー 武器になる本、筋肉になる本|千野帽子】_a

自分のバカさを認めないなら政治は悪くなるしかない

綿野恵太さんは『「差別はいけない」とみんないうけれど。』(平凡社)で、差別および差別糾弾の機序や副作用を丁寧に解剖した。その本で明るみに出たのは、リベラリズムとデモクラシーの「喰い合わせ」が悪くなる局面がけっこうある、ということだった。

私たち人類は、みずからを突き動かす直観的思考システム(ノーベル賞を受賞した行動経済学者ダニエル・カーネマンの言う〈ファスト思考〉)に起因する認知バイアスをなかなか自覚しない。そのせいで、道徳感情にドライヴされた〈バカ〉になってしまう。これは差別および差別糾弾の機序や副作用であると同時に、政治を語り動かすさいの障害ともなる。

今回の『みんな政治でバカになる』(晶文社)では、その認知バイアスに加え、私たちの多くが政治を語れるほどの多くのことを知らない、というもうひとつの〈バカ〉要因を抱えていることも指摘されている。この状況を綿野さんは〈バカの二乗〉と表現し、〈私もバカの一人でしかない〉と書く。

反知性主義というとトランプ政権下の右派を想起する。だがフェミニズムは女性を、SDGs活動はZ世代を指標とする部族主義に陥る。左派も同じくらい容易にポピュリズムや陰謀論に侵されるのだ。この構造も本書で明かされる。

刊行後、べテランのコラムニストが書名や著者の書いた関連記事にファスト思考で反応し、本書が主張していない「素人は政治を語るべきでない」という命題に藁人形論法で反論していた。なるほどそういうことか、と書名の正しさを改めて感じた。自分のバカさを客観視せぬままなら、政治も世界も、どんどん悪くなるしかないのだ。

本書は現代人が政治を語るときに〈バカ〉になってしまう仕組を解き明かす。ジョナサン・ハイトやジョセフ・ヒースなど、動物としての「現代人」を考えるうえでの必須の先行文献をしっかりおさえて、わかりやすい言葉で問題点を網羅している。読みながら「このバカは僕のことだ」と何度も頭を抱えた。きょうからの「どう生きるか」に直結する本だ。

BOOK
『みんな政治でバカになる』

綿野恵太著 晶文社 ¥1,870
著者は1988年大阪府生まれ。大阪大学文学部に学び、一橋大学大学院言語社会研究科で社会思想を研究する。太田出版勤務を経てフリーに。詩と批評の雑誌《子午線 原理・形態・批評》同人。2019年、最初の著書『「差別はいけない」とみんないうけれど。』(平凡社)を刊行。この第1作も、今回取り上げる『みんな政治でバカになる』も、攻めに攻めた装幀は寄藤文平率いる文平銀座の手になるもの。

Photo:Mai Shinya


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