「店を開くのが夢という気持ちはなかった」
小さな本屋開業の勢いが止まらない。
いわゆるチェーン書店閉店のニュースを近年よく耳にするが、それと反して個人や数名で運営する独立書店と呼ばれる本屋は右肩上がりで増え続けている。本屋ライターの和氣正幸さんが運営するウェブサイト「BOOKSHOP LOVER」に詳しいが、2021年だけで75店の開業を確認。2020年が35店、2019年が25店なので、いかに日本のあちこちで毎年本屋が増えているかがわかるだろう。
興味深いのは、カフェやギャラリーを併設するなど、本のみを売る旧来の本屋とは違うスタイルでの運営を行う店が多いことだ。今月オープンした花田菜々子さん率いる「蟹ブックス」も、グラフィックデザイナーの柏崎沙織さんが本や名刺、フライヤーなどの制作相談を受け、フリーのお直し屋として活動する當山(とうやま)明日彩さんが古着のリメイクを受け付けるという。店内の一角には小さなギャラリーも設ける。
柏崎さんと當山さんは、今年2月に閉店した「HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE」で花田さんとともに働いていた。同店オープン時より店長を務めていた花田さんは、自分たちが望んでいなかった閉店に戸惑いながら、もともとは「自分の店を開くのが夢という気持ちはなかった」と話す。ではなぜ、3人で本屋を始めることになったのか。
著書のヒットが開店の動機に
花田さんが本を好きになったのは、まだ幼い頃。ひとりで本を読んで過ごすような子ども時代の中で特に印象に残っているのが、宮沢賢治の『注文の多い料理店』。「初めてハマった物語で何百回も読んだ気がします」と記憶を辿る。中学・高校時代にはサブカルチャーといわれるものたちにハマり始め、「ヴィレッジヴァンガード」の存在を知る。「遊べる本屋」とうたうカオスな空間に惹かれ、足繁く通った。
大学在学中は就職活動がうまくいかず、「どうせだったらこういう場所で楽しくやっていきたい」と卒業後に始めたのがヴィレッジヴァンガードでのアルバイトだった。そこで12年勤めたのち、「二子玉川 蔦屋家電」のオープニングスタッフを経て、日暮里の「パン屋の本屋」の立ち上げに携わり、店長に。その後、HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGEの開業に参画した。約20年の書店員歴の中で、さまざまな規模や業態の本屋に関わってきた。
また、自身の実体験をもとにして書かれた『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』は、「WEBmagazine 温度」で連載され始めてから実に多くの人の目に触れ、書籍化され、文庫化もされ、テレビドラマ化までされた。本書は6万部以上も刷っている。ここで得た資金も、本屋を始める動機になったようだ。
「仕事が忙しかったので正直、全然使っていなくてそのままにしていたんです。だから、どうしようというと変なんですけど、老後まで持ち越してもしょうがないなと思っていて。本屋をやるのであれば、最低でも500万円くらいはかかる。今の形だと1000万円くらいかかっています。このお金があるということも、決断できた理由の一つです。改めて、本を買ってくださった方には本当に感謝しています」