サバンナの夕焼けを浴びるライオン

2021年12月、東京。全日本選手権、女子シングルフリーは佳境に入っていた。

オレンジ、ゴールド、イエローが入り混じった衣装を着た樋口新葉は、サバンナの夕焼けを浴びるライオンのようだった。スタートポジションに入る直前、一つ息を吐いた。

気合を入れるためだったのか、気持ちを落ち着かせるためだったのか。しゃがみ込み、手の指で輪を作った表情は腹を括った様子で、一切の迷いが消えていた。

冒頭、『ライオン・キング』の律動で、今や代名詞となったトリプルアクセルをどうにか着氷した。ステップアウトで減点になったが、挑む姿勢が勢いを与える。3回転ルッツ+3回転トーループの大技を決めると、3回転サルコウ、ダブルアクセルも続けて成功。音を拾い、世界に引き込む。

後半1.1倍になる3回転ルッツ+3回転トーループ、3回転ループ+2回転トーループ+2回転ループの連続ジャンプ、最後の3回転フリップも美しく降りた。

最後のステップに入る前、笑みが洩れていた。ありったけの力を込め、エッジを深く、鋭く入れ、上半身を指先まで躍動させ、くるくるとツイズルで回る。大地から喜びがあふれ、天から祝福が降り注ぐようだった。

「やった!」

樋口は握りこぶしを作りながら咆哮を上げ、呟くように同じ言葉を繰り返した。

底なしのエネルギーと反骨精神。“荒ぶる表現者”樋口新葉の成長の軌跡_1

スタンディングオベーションを受け、感極まったのだろう。リンクサイドに戻る途中、嗚咽を両手で抑えて堪えたが、岡島功治コーチと抱擁を交わした瞬間、何かが弾けたように泣き出した。

その光景は、“表現者”樋口の本質を映し出していた。

「オリンピックに挑戦するのは今回で最後だと思って、自分の中で強い気持ちを持って臨んだ大会でした」
 
樋口は、その心境を吐露していた。

「今シーズンは全日本のためだけにずっと頑張ってきました。ここで一番いい演技が出せたということは、4年前とは比べものにならない力を発揮できたということで。精神的にも成長したなと感じました」

彼女は全日本で2位になり、悲願だった五輪出場を決めた。