「凱旋門賞制覇は「夢」から「目標」へ」馳 星周×矢作芳人〈JRA調教師〉『フェスタ』_3

馬はわからない

――作中に「相馬眼(そうまがん)」という言葉が登場しますが、馬を見る目とはどのようなものなのでしょうか。

矢作 僕の仕事は勝ち馬になる確率を1%でも上げること。とにかく走る馬、勝てる馬を探す。机にかじりついて本を読んで学べることではないので、数を見ることを徹底してきました。日本一馬を見ていると自負していますし、数を見ることで相馬眼を鍛えてきたつもりです。
 でも、実際のところ、調教師や馬主さんたちが牧場に行って馬を見て、「この馬は血統的にも、体格的にも走りそうだ」と思っても、走らない馬のほうが多いわけですよね。『フェスタ』でも「馬はわからない」って何度も書いてますけど、今、先生がおっしゃったように、その中でも、走る馬に当たる確率を少しでも上げるために日々努力していらっしゃる。
矢作 どの馬が走るかなんて答えは一生出ないです。出ちゃったら大変だしね。
 それに、JRAが何年かに一度、馬場傾向を変えたりするじゃないですか。去年あたりから府中(ふちゅう)競馬場の馬場が変わったんじゃないかと思っているんです。そしたら、生産者でも調教師でも、府中の2400メートルで勝つ馬を作ろうとやってきたのに、「あれ? おかしいな」ってことになりますよね。
矢作 JRAが意図して馬場を変えているかどうかはわからないけどね。結局は自分たちで読み切るしかないです。ただ、僕らは馬場を読み切って適応する馬を使えばいいけれど、生産はそんな簡単なもんじゃない。何年も先を見据えてやらなきゃいけないから大変ですよ。
 地方競馬でも、去年、大井(おおい)競馬場が砂を入れ替えましたよね。
矢作 白い砂ね。西オーストラリア産の。
 それで時計がかかる(走破タイムが遅い)馬場になっちゃったりとか。こっちも馬券を買う時にいろいろ考えるんだけど、本当に奥が深い。馬に目が行きがちだけど、調教師の腕もあるし、ジョッキーの技術もある。あとは天候。雨が降ったら一気に条件が変わる。雨が降らなくても風向きでだいぶ変わりますからね。
 去年の凱旋門賞は珍しく天気がよかった。日本からスルーセブンシーズが行ったけど、あの馬の走りからすると、泥んこ馬場じゃ困るけど、スローペースになってくれないと勝てないよなって思ってたのに、まさかの好天で。
矢作 スルーセブンシーズは多少の雨を考えて行ってるでしょうからね。降ってほしいと思っていたでしょうね。
 そうそう。結果は4着だったけど、雨が降っていたら勝算があったかもしれない。そんなに都合よくはいかないんですけどね。

ステイゴールドという馬

――馳さんは『黄金旅程』でステイゴールドをモデルにした馬を登場させたほど、その一族のファンとして有名です。カムナビの父であるナカヤマフェスタもステイゴールド産駒(さんく)ですね。

矢作 あの血統は本当に大変だよ(笑)。
 みんなそう言いますよね(笑)。
矢作 僕が調教師試験に受かった時、記者会見で「目標は?」と訊(き)かれて「凱旋門賞です」と答えたのがちょうど二十年前なんだけど、初めて凱旋門賞に行ったのは一昨年なんですよ。勝負になると思った馬しか連れて行きたくなかったというのもあるんだけど、やっと行けた時に連れて行ったのがステイフーリッシュです。
 ステイゴールドの子ですね。
矢作 ステイゴールドの血統を特別意識したわけじゃないけど、振り返れば必然なのかなって。そういう血なんだよなって思いますね。ステイフーリッシュも大変な馬でしたから。こちらの言うことを全然聞かなくて。でも、フランスに行ったら落ち着いていましたよ。結果は出なかったですけど。
馳 いやあ、あれだけ雨が降ったらねえ。「ここまで降らなくてもいいじゃん」って思いましたよ、ほんとに。
矢作 初めて凱旋門賞に来て、せっかくいいスーツ着てきたのにこれ? って笑っちゃうぐらいの土砂降りでしたから。
 レース直前に降り始めたんですよね。
矢作 『フェスタ』を読んでいて思ったのが、カムナビのために雨を欲しがるじゃないですか。厩務員の小田島(おだじま)が、降らねえじゃねえか、みたいなことを言ってると、ジョッキーの若林(わかばやし)が「天気は変えられませんからね」って、達観したようなことを言う。早くああなりたいなって思いましたよ(笑)。
 天気は思い通りにならないですからね。
矢作 ステイフーリッシュを連れて行って思いましたけど、日本の馬が凱旋門賞を獲るには、ステイゴールドの血を繫げていかなきゃいけないのかなって。もちろん、新たな血統を開拓していくことも大事で、たとえばさっき言ったパンサラッサが今度種馬になるんですけど、ステイゴールドとはまた別系統。ただ、血統は積み重ねですから、ステイゴールドの血統を残すことが凱旋門賞を獲るためにプラスになるかもしれないとは思いますね。

やはぎ・よしと ◆ ’61年東京都生まれ。開成中学校・高等学校卒。’84年、栗東トレーニングセンターの厩務員となり、調教助手を経て’04年に調教師試験合格、’05年に厩舎開業。’08年、史上最速(当時)で100勝達成、’10年GⅠ初制覇、’12年には日本ダービーを勝利。無敗の三冠馬コントレイル、日本馬初の米国ブリーダーズカップ勝ち馬となったラヴズオンリーユーやマルシュロレーヌなど多彩な名馬を輩出。年間最多獲得賞金5回、最多勝利4回と、JRA賞の常連でもある。著書に『開成調教師の仕事』『馬を語り、馬に学ぶ』など。
やはぎ・よしと ◆ ’61年東京都生まれ。開成中学校・高等学校卒。’84年、栗東トレーニングセンターの厩務員となり、調教助手を経て’04年に調教師試験合格、’05年に厩舎開業。’08年、史上最速(当時)で100勝達成、’10年GⅠ初制覇、’12年には日本ダービーを勝利。無敗の三冠馬コントレイル、日本馬初の米国ブリーダーズカップ勝ち馬となったラヴズオンリーユーやマルシュロレーヌなど多彩な名馬を輩出。年間最多獲得賞金5回、最多勝利4回と、JRA賞の常連でもある。著書に『開成調教師の仕事』『馬を語り、馬に学ぶ』など。
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