人材不足により暴力やセクハラが減少

長らく過酷な労働環境が問題視されてきた映画業界にも、ようやく働き方改革の波が訪れはじめている。制作会社に勤めるAさん(40代半ば)とフリーランスのプロデューサーであるBさん(40歳)は、「数年前に比べればセクハラやパワハラ、物理的暴力の類いはかなり減った」と口を揃える。

背景にあるのは、映画業界がここ数年来悩まされている人材不足だ。若者は厳しい労働環境を嫌って業界に流入してこない。あるいは、入ってきてもすぐに辞めてしまう。結果、作られる作品の本数は多いのにスタッフは現場で取り合いになっている状況だ。その危機感が映画人たちの意識を変えていった。

「日本映画制作適正化認定制度」がスタート

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2023年4月にできた「日本映画制作適正化認定制度」は、日本映画制作適正化機構(映適)によって運用されている。2023年3月、映適、大手映画会社で組織されている日本映画製作者連盟(映連)、独立系プロダクションで組織されている日本映画製作者協会(日映協)、ほか8つの映画職能団体を合わせた、計11の団体が制度の協約に調印した。

映適は映画制作時の就業環境のルールをガイドラインとして定めている。たとえば「撮影は1日11時間以内、準備や撤収、休憩を含めて13時間以内」「週1日の撮休日を設け、2週間に1度の完全休養日を設ける」など。その他、契約書に役割分担や予算を明記すること、ハラスメント防止のため研修を受けたスタッフを配置することなどが盛り込まれている。

事前に細かい撮影スケジュールなどを添えて審査を申請し、ガイドラインをクリアすれば、その作品は「映適マーク」を表示できる。この作品はちゃんとした労働環境で作られました、という証明のようなものだ。

AさんもBさんも、直近で関わっている作品で映適マークを申請した。

「現場の長時間労働は長らく変化がありませんでしたが、映適のガイドラインに沿うようにした結果、劇的に変わりました。というか、変えざるをえませんでした」(Bさん)

「今までが働きすぎだったんですよね。これくらいの労働環境だったら、なんとかやっていけるのではないかと思いました」(Aさん)

ただ、映適マークを取得したからといって作品側に直接的な経済的メリットやインセンティブがあるわけではない。また、ガイドラインをクリアできず映適マークをもらえなかったとしても、特に罰則や何かの強制力があるわけではない。そもそも申請は義務ではない。

しかし、それでも映適マークに意義はあるとふたりは言う。

「現場が今までと全然違うんですよ。車に乗ったらすぐ寝ちゃっていたスタッフが寝なくなりましたし、何か不測の事態が起こったときにも、心身ともに余裕があるので対処が的確。いいことずくめです」(Aさん)

Bさんも同意見だ。

「この就業環境に慣れたスタッフは、今後映適申請がない現場を『キツそうだから』と嫌うでしょう。そういうスタッフが増えていけば、各制作会社も申請せざるをえなくなる。非常にいい流れだと思います」(Bさん)