「自分らしく生きる」ことは人類の大半には不可能なのか?
〈人生のあらゆる場面に遺伝の影が延びているから、自由意志に制約があることは間違いないとしても、だからといって生まれ落ちた瞬間にすべてが決まっているわけではなく、自分の手で運命を(ある程度)切り開いていくことができるはずだ〉
ここだけ引用するとものすごく当たり前のことに読めてしまう。けれどこの言葉は、諸調査の幅広いデータとともに、著者によってひとつのパースペクティヴのもとに置かれた瞬間、違った意味を持つことになる。
本書ではいくつもの〈不都合な事実〉が紹介されている。そのなかでもとりわけ大きなインパクトを与えるのは、人間の能力・資質における遺伝の力だ。これは著者・橘玲の『言ってはいけない』二部作(新潮新書)を読んだ人なら想像がつくところだろう。
本書はマイケル・サンデルの『実力も運のうち』(早川書房)以上に辛口だ。人類は先進国を中心に〈自分らしく生きられる〉世界をめざしてきたが、その過程で起こったことは、「世界の複雑化」「中間共同体の解体」「自己責任の強調」だった。その結果、一部の才能ある人にとってはユートピア、その他の一般人にとってはディストピア、というメリトクラシー世界が到来したという。
非モテ問題に陰謀論、女性の経済上昇婚志向、『緑色革命』(ハヤカワ文庫)のチャールズ・ライクや秋葉原通り魔事件の加藤智大の事例、ベーシックインカムやMMTやナッジといった経済概念と、本書が取り上げる現象は多様だ。
著者は冒頭に引用した文のあとを、このように続けている──〈これからの時代に求められているのは、こうした不都合な事実(ファクト)を受け入れたうえで〝よりよい社会〟を構想する「進化論的リベラル」なのではないだろうか〉。いわゆる〈リベラル〉こそが「アップデート」を求められているというわけだ。
BOOK
『無理ゲー社会』
橘玲著 小学館 ¥924
著者は1959年生まれ。早稲田大学第一文学部ロシア文学科卒業。編集プロダクションを経て《宝島30》編集長、のちフリー。小説『マネーロンダリング』、ノウハウ本『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(いずれも幻冬舎文庫)でデビュー。『言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)で新書大賞。近著『スピリチュアルズ 「わたし」の謎』(幻冬舎)、『男と女 なぜわかりあえないのか』(文春新書)。
Photo:Mai Shinya