震災後10年で返還事業に区切りをつける自治体も
使い古したランドセルに擦り切れたグローブ、そして仏像から位牌まで――。
津波で流された思い出の品を持ち主に返す事業があると聞き、岩手県陸前高田市を訪ねたのは今年2月。
拾得物の返還を行っているのは、一般社団法人三陸アーカイブ減災センターだ。仰々しい名称だが、その場所は2階建てのコンテナの1階部分にあった。
今年の3月11日で震災から12年。同センターで返却した物品は昨年度までで1720点にものぼる。さらに、推定で20~30万枚の流された写真を、持ち主などに返却してきたというのだ。
同センターで代表理事を務める秋山真理さんは、東京で防災コンサルの仕事に従事していた経験もあり、東日本大震災の後から、この返却活動に関わってきた。
「震災の年のゴールデンウィークに、初めて行われた返却会にボランティアとして参加したのが、この事業に関わるきっかけでした」(秋山さん)
同センターへは、震災から10年がたった2021年3月で復興庁からの交付金が終了しており、現在は寄付などを募りながら自主財源で運営している。
そうした厳しい経営環境下でも事業を続ける秋山さんに、この12年を振り返って何が変わったかと聞いてみると、一瞬考え込んだ後、こう話した。
「何も変わっていませんね」
震災後、自衛隊や消防が行方不明者の捜索をする過程で集められた思い出の品は、魚や野菜を入れる籠の中にまとめられ、被災した民家の軒先や、市の災害対策本部に届けられた。
それらを持ち主に返却するために、陸前高田で返却会が開かれるようになったのだ。こうした動きは各自治体でも行われ、被災した各地で返却事業が行われてきた。
だが、震災から10年という節目になると、予算や保管場所の都合上、返却事業に区切りをつける自治体が出始めた。たとえば宮城県の気仙沼市も、震災拾得物返却促進事業を2年前に終了している。
こうした思い出の品は「災害廃棄物」とされており、環境省も、自治体が無期限で拾得物を保管せざるを得なくなる事態を想定し、平時から保管期間を定めておくように促すなど、ガイドラインを定めていることも影響しているのだろう。